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ノンフィクションクイズ小説『ボルティモアへ』第24回「邪道」

伝説の『第13回アメリカ横断ウルトラクイズ』に集う若きクイズ王たちの青春を、気鋭のライター「てれびのスキマ」(戸部田誠)が描く話題沸騰のノンフィクション小説『ボルティモアへ』。時代は1987年、RUQS怒涛の快進撃が始まる!

『ボルティモアへ』目次

第0回 連載開始予告
第1回 消えた天才
第2回 『ウルトラクイズ』の衝撃
第3回 レスポンスタイム
第4回 宝の地図
第5回 前哨戦
第6回 ハチマキ娘
第7回 ニューヨークで踊る男
第8回 奇跡の会合
第9回 クイズサークル
第10回 昭和40年男
第11回 マイコンボーイ
第12回 伝説のテストマッチ
第13回 立命オープン
第14回 RUQS革命
第15回 聖地 フラワー
第16回 トリビアル・パスート
第17回 地獄の細道
第18回 クイズ列車
第19回 ポロロッカ
第20回 エンドレスナイト
第21回 大阪大学“RUQS”学部
第22回 ハイキングクイズ
第23回 玉屋
第24回 邪道
第25回 coming soon…
(以降、毎週木曜日公開予定)



Ⅵ 長戸勇人、22歳。挫折

邪道

「おっさん、優勝!」
立命館大学のサークル用掲示板に貼られたメモがそう書き換えられた。
遂に、RUQSの、そして稲川良夫の悲願が達成されたのだ。

「凸版印刷株式会社の駆け出し社員。会社からもらった休みは6日間。それもとっくに使い果たしまして、上司から『これ以上欠勤するとキミの将来に良くない』と念を押されました。それでもここまでやってきてしまいました――」
決勝の舞台であるニューヨーク、自由の女神像前のリバティ島に向かう稲川良夫を乗せたヘリコプターを映しながら、福留功男の名調子で決勝の高揚感を高めていく。

オンエア上は、比較的順調に勝ち上がったように見える稲川だが、大ピンチの連続だった。

特に第4チェックポイントのロサンゼルスは、不甲斐ない戦いをしてしまった。「戦車ロシアン・ルーレットクイズ」というタイトルで行われたクイズは1対1の直接対決。クイズに正解すると5台ある戦車のうちどれかを選ぶことができ、その戦車から弾が出れば通過となる。この対戦で稲川は3回誤答を繰り返した。誤答すると1回休み。即ち、次の問題の解答権は自動的に相手に移ってしまう。しかし、幸運にもその3度のチャンスに相手はスルー。答えることができなかった。その次の問題に稲川は正解。さらに幸運が続き、一発で弾が出る戦車も当てることができたのだ。紙一重の勝利だったが、あまりの“凡戦”にオンエアではカットされた。

このロサンゼルスを通過した時点で、有給休暇を超えてしまうことが決まった。
「すみません、このまま行きます」

怒られるのを覚悟して会社の上司に電話をかけると「わかった」と意外なほど落ち着いて言われた。それがかえって不気味だった。

だが、実はその上の上司が「『ウルトラクイズ』は宣伝になる」と人事に掛け合い、許可を取ってくれていたのだ。そんなこととは知らない稲川は上司の答えのトーンに「辞表決定かな……」と思っていた。

この時点でクイズ経験豊富なクイズ研出身者は稲川の他には神奈川大学クイズ研究会の元会長の高橋充成くらいしか残っていなかった。福留はクイズの本番以外で出場者と話すことは滅多にない。けれどここぞという時に声をかけ、出場者のモチベーションをコントロールするのだ。ある時、福留は稲川と高橋に言った。

「今回は経験者が少ないから、お前ら2人がみんなを引っ張っていけ」
一方で、クイズ経験の少ない出場者にも2人の知らないところで囁いた。
「稲川はあんまり強くないから、お前らにもチャンスがある。がんばれ」
そうして出場者全員のテンションを上げていっていたのだ。

準決勝では初代王者・松尾清三と対決。通常、決勝は2人で行われるが、松尾に3問先取し勝利した者全員が決勝に行けるというルールだった。

最初の挑戦者に手を挙げたのは稲川だった。
松尾とは、立命館大学の先輩・後輩の間柄であり、関西クイズ愛好会でともにクイズを研鑽する仲間でもある。

「松尾さん、真剣でお願いします」

稲川は、ウルトラハットをかぶりながら、松尾にそう囁いた。もちろん、松尾がクイズで手を抜くはずがない。1-2と後がない状態まで稲川を追い込んだ。
そこから辛くも稲川は松尾を逆転して決勝に駒を進めた。結果、稲川と高橋充成、「三人娘」のひとり山賀恵美子の3人による決勝となった。

決勝では稲川は他の2人を圧倒。文句なしの優勝を果たした。
「会社クビになってるかもしれないのによくやったな!」
祝福する福留に稲川は興奮して言った。
「ウルトラクイズは僕の命です!」

『第5回ウルトラクイズ』に初出場してから7年が経った。『史上最大の敗者復活戦』に惨敗し、このままひとりでやっていても強くなれないと大学にクイズサークル「RUQS」を作った。一時は会員が激減しサークルの解散を決意したこともあった。そこから長戸勇人や加藤実らに出会い、サークルのレベルは急速に上がり、自分自身も強くなっていった。RUQS在籍時には叶わなかった『ウルトラクイズ』本戦に出場を社会人1年目に遂に実現させ、そのまま念願だった優勝という結果を手に入れたのだ。

「会社の皆さん、クビにしないでください!」
そう叫びながら、差し出されたシャンパンを頭からかぶり喜びを表現した。それだけでは飽き足らず、ヘドロだらけのハドソン川に飛び込んだ。

『ウルトラクイズ』の放送が11月の下旬に終わり、月が明けると『マンオブ』の季節がやってくる。学生クイズ王決定戦『マン・オブ・ザ・イヤー』である。

この年もRUQS勢と名古屋大クイズ研の面々は、「クイズ列車」を堪能し、会場となっていた慶應義塾大学に乗り込んだ。
列車の中では稲川優勝の話題で持ちきりだった。RUQS勢や、稲川をよく知る秋利美紀雄や仲野隆也を始めとする名古屋大学クイズ研の面々は色めき立っていた。

「まさかあのおっさんが優勝するとは思わなかったよ」
「稲ちゃんが優勝できるんやったら俺らだってできるよな」

もちろん、ともにクイズをしてきた仲間が優勝したということ自体の喜びもあったし、先を越されたという悔しさもあった。その複雑な心境からか、彼らの口から出るのはイジられキャラでもあった稲川イジりだった。

何しろ、稲川は長戸勇人や加藤実らトッププレイヤーと比べるとそれほど「強い」という印象はなかった。そんな彼が優勝したのだ。みんな、自分にもチャンスがある、『ウルトラクイズ』がすぐ手に届く距離にあると感じた。

「第10回まで『ウルトラクイズ』は神聖なものやった。第11回以降は、“自分たちのもの”になった――」
長戸勇人の意識はハッキリと変わっていった。

この年の『マンオブ』でもペーパークイズは名大の強さが際立った。前年の秋利に続き、仲野がトップの座に輝いた。

RUQS勢も1点差の2位で続いた加藤を筆頭に上位を占め、本戦に突入する。
長戸は準決勝で仲野のいるブロックに入る。そこで不覚をとった。あまりに“指”が早すぎたのだ。絶対に勝ちたいという気持ちで先走ったかもしれない。まだポイントが確定していない問題の途中で押し、誤答を繰り返し自滅した。
このブロックを抜けたのは、仲野ではなく、早稲田大学の新鋭・1年生の後藤輝幸だった。無心で挑んだのが良かったのか、強豪を打ち破って決勝進出を果たした。

もう一方から上がってきたのは、やはり加藤実だった。決勝戦の序盤、意外にも後藤はリードする。

「もしかすると勝てるかも」

そんな邪念が入った瞬間、誤答を犯し手が止まった。ぴったりと後藤の後ろについていた加藤がその隙を見逃すはずもなかった。一気に抜き去り加藤実が名実ともに学生クイズ王の称号を手に入れたのだ。

「何やってんねん……」
またしても加藤の後塵を拝することになった長戸は深く落ち込んだ。この年、『アタック25』優勝という結果も残したが、長戸にとっては、挫折の年だったといっても過言ではない。

その夜、RUQS勢が宿泊している旅館に、早稲田大学クイズ研「WQSS」のメンバーが親善訪問に訪れた。長戸と西村顕治との交流で実現したものだった。RUQSとWQSSの初めての本格交流だった。もちろんそこで行われたのは「徹クイ」だった。

西村はいつも彼が自身のサークルで行っていたように、ラジカセで過去のクイズ番組の録音テープを流し始めた。そのテープを使って出題していたのだ。
それを見て長戸たちRUQS勢は戸惑った。

それぞれのサークルが一緒になって早押しクイズを行う場で、一方の側が用意した過去の番組の録音テープを使ってクイズを行うなど、自作のオリジナル問題を重視するRUQSの文化とは相容れないものだったのだ。

何度となくそのテープで練習をしていたであろう早稲田勢に当然のように押し負けながら長戸は文化の違いに驚いていた。
「箱根の向こうに別のクイズがあった」と。

「こんなん勝てるか!」
そんな思いにかられながらも、それをすぐに打ち消した。

「それでも勝つんや!」
長戸の闘志に火がついたのだ。
クイズに強くなる道は一本道ではない。WQSSのやり方、RUQSのやり方、あるいはRUQSの中でも人それぞれ色々のやり方がある、と再認識した。
この年、どうしても加藤実には勝てなかった。

「こいつを倒さんかったら前に進めへん」

その加藤は、幅広く深い知識を武器に戦うクイズプレイヤー。いわば“王道”だ。
加藤に勝つためには、彼と違う道、“邪道”に徹するしかない。
つまり、加藤の“逆”を極めるのだ。

知識量で勝てないなら、指の早さや発想力、クイズの戦略を極めればいい。決してテレビ受けするキャラクターではない加藤にはない愛されるキャラクターになればいい。
加藤という王道は、長戸にとって大きな道標だった。

改めて、長戸は“邪道”を突き進む決心をしたのだ。この時、長戸勇人は22歳だった。

(第25回に続く)

著者 てれびのスキマ(戸部田誠)
1978年福岡県生まれ。お笑い、格闘技、ドラマなどを愛する、テレビっ子ライター。「週刊文春」「水道橋博士のメルマ旬報」などで連載中。主な著書に『タモリ学』『コントに捧げた内村光良の怒り』『1989年のテレビっ子』『笑福亭鶴瓶論』『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』がある。
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