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ノンフィクションクイズ小説『ボルティモアへ』第8回「奇跡の会合」

伝説の『第13回アメリカ横断ウルトラクイズ』に集う若きクイズ王たちの青春を、気鋭のライター「てれびのスキマ」(戸部田誠)が描く話題沸騰のノンフィクション小説『ボルティモアへ』。第3章、上京編スタート!

『ボルティモアへ』目次

第0回 連載開始予告
第1回 消えた天才
第2回 『ウルトラクイズ』の衝撃
第3回 レスポンスタイム
第4回 宝の地図
第5回 前哨戦
第6回 ハチマキ娘
第7回 ニューヨークで踊る男
第8回 奇跡の会合
第9回 coming soon…
(以降、毎週木曜日公開予定)



Ⅲ 長戸勇人、19歳。約束の地へ

奇跡の会合

「ここはどこや?」
長戸勇人が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
ふと、横を見ると自分と同じように点滴をしながらベッドで眠っている男がいる。
加藤実だ。

ああ、そうや。
だんだんと思い出してきた。

高校を卒業し、ついに出場資格を得た長戸たちは、1984年の夏に後楽園球場で行われた『第8回アメリカ横断ウルトラクイズ』の予選に参加したのだ。
加藤は京都大学1回生、長戸は大学浪人1年目の夏だった。

長戸が眠っていたのは後楽園球場の医務室のような部屋。
予選はどうなんったんやっけ?
その時、長戸が目を覚ましたのに気づいて、白衣を着た男が「大丈夫?」と声をかけた。

「キミ、名前は?」
長戸の意識が正常かどうかを確かめるためか、医者は名前を尋ねた。
そういえば、前にも同じように名前を訊かれたな。長戸の脳裏に、数ヶ月前のかけがえのない記憶もよみがえってきた――。

「なんなんだ、キミは? 突然来て失礼じゃないか!」
ドアから顔を覗かせた男は不快感をあらわにした。
「こんにちは、突然申し訳ありません!」
長戸は、慌てて謝罪をした。

「あの僕……、京都から来ました長戸勇人と言います。友人の加藤実と北川さんのお家を尋ねようと思って来たんですが、加藤は来てませんか?」
相手は『第2回ウルトラクイズ』の王者・北川宣浩だった。

「加藤? そんな人は知らないよ。キミは一体、何を言ってるんだ!?」
突然の訪問に北川は激怒した。それはそうだ。いきなり知らない人間が事前に連絡もなしに自宅に押しかけられたら怒るのも無理はない。
長戸は何度も謝罪した。

「とりあえず今日は帰ってくれ」
そう言われて長戸は「わかりました」と持参したお土産だけ渡して踵を返そうとした。

「ちょっと待ちなさい」
北川は呼び止めるともう一度改めて尋ねた。

「キミ、名前は?」
改めて名乗った長戸に北川は「ここに住所を書きなさい」と近くにあった紙を差し出した。
帰り道、長戸は高揚していた。
憧れの人に会えた興奮と、その人を怒らせてしまった後悔、そして、加藤がいなかった困惑と憤り。感情がぐちゃぐちゃになっていた。

ある日、加藤が興奮して長戸に言った。
「北川さんの家の住所がわかったんだ!」

加藤は、とある鉄道関係の本に住所が載っているのを見つけたというのだ。加藤も北川も鉄道マニア。北川はその本にマンガを投稿しており、今では考えられないが、投稿者の住所や電話番号まで掲載されていたのだ。どちらともなく、北川の家に行ってみようという話になった。

「模試があるから、待ち合わせしよう」
浪人中だった長戸は昼までの予備校の模試の後で、加藤と喫茶店で合流する予定を立てた。
けれど、待ち合わせ時間になっても一向に加藤はあらわれなかった。

「遅すぎる!」
実は加藤は道に迷い別の喫茶店に行っていたのだ。当時は携帯電話などはない。だから連絡の取りようがなかった。
もしかしたら加藤は先に北川の家に行ったのではないか。

まず喫茶店の電話から、加藤から聞いていた北川の電話番号に電話をかけてみた。
「北川です」と電話口に出たのは北川の母だった。そこは北川の実家。近くに北川が住んでいるマンションがあるという。親切にもその住所を教えてくれた。
そうして北川のマンションに行くと、当然、加藤が先に行っているわけもなく、北川に激怒されてしまったというわけだ。

それから少し経ったある日。
長戸が下宿していた世田谷のアパートに一通の手紙が届いた。送り主は北川だった。
そこにはある日付が書かれており、「この日なら空いているから遊びに来てもいい」という旨が書かれていた。
天にも昇る気分だった。

長戸は、再び北川の自宅を訪れた。
「おお、来たか」
今度は快く長戸を迎えた北川は長戸を奥の部屋に招き入れた。
「今日はもうひとり来てるんだ」
その言葉通り、部屋の奥にはひとりの男がいた。その顔を見て長戸は驚きの声をあげた。

「も、森田さん!?」
男の正体は、のちに『第10回ウルトラクイズ』の王者となる森田敬和だったのだ。
「なんで俺のこと知ってるの?」
「知ってますよ! 何回勝ってると思ってるんですか!」

森田は、『ウルトラクイズ』にこそまだ優勝していなかったが、『スーパーダイスQ』のチャンピオンになったのを皮切りに、『アップダウンクイズ』『クイズタイムショック』など、この頃すでにいくつものタイトルを持つ「クイズ王」だった。あらゆるクイズ番組をチェックし、スコアを付けながら繰り返し見ていた長戸が知らないはずはなかった。

「へぇ~、俺も有名人なんだぁ」
酒を飲んでいた森田は既にできあがっていて上機嫌だった。
「『三枝の連続クイズ』の道蔦岳史さんに負けた勝負、スゴかったですよねえ」
「うるさい!」と森田は笑う。

3人はクイズ談義に花を咲かせた。第2回王者と、のちに第10回、第13回王者となる『ウルトラクイズ』王者だけの奇跡のような会合。もし、加藤が喫茶店を間違わず合流していれば「王者だけ」のこの会合は実現しなかったであろう。運命のあやとしか言いようがない。クイズの神に導かれたような時間だった。

「じゃあ、少し押してみるか?」
そう言われ、まず長戸は北川と早押しクイズ対決をすることになった。
いま、信じられないことが起こっている。『ウルトラ』のチャンピオンと直接対決をしているのだ。夢みたいだった。
長戸は胸の高鳴りを抑えることができなかった。

もちろん、長戸は北川に圧倒された。それでもなんとか食らいつき、何問かは押し勝って答えることができた。
「長戸くん、結構、モノ知ってるね」
こんなにも嬉しいことはない。長戸は有頂天になった。

次は森田との対戦だ。泥酔しているとはいえ、雲の上の存在のようなクイズ王だ。
なんとこの対戦で長戸はその森田に圧勝するのだ。
けれど、打ちのめされたのは長戸のほうだった。
問題に対し必死に答える長戸に対し、本来はゾッとするような早押しをするはずの森田は、「何だっけなぁ」などととぼけてみたり、酔いに任せて冗談を言ったりしながら、一度も押さなかったのだ。

長戸は森田に相手にすらしてもらえなかった。その刀を抜いてもらえなかったのだ。

いつか、この人とまともに戦って勝てる日なんてくるんだろうか。
自分と森田との間に絶望的なほどクイズの実力差があることを痛感した。
そうして、王者たちの会合は終わった。

この翌々年、長戸はとある場所で『ウルトラ』王者となった後の森田と再会している。この時、森田が言った言葉が長戸は忘れられない。
「長戸は俺と同じニオイがするんだよなあ」
どういう意味で言ったのかはわからない。けれど、その言葉は長戸の胸に刻まれ、彼のひとつの大きな支えになった。

(第9回に続く)

著者 てれびのスキマ(戸部田誠)
1978年福岡県生まれ。お笑い、格闘技、ドラマなどを愛する、テレビっ子ライター。「週刊文春」「水道橋博士のメルマ旬報」などで連載中。主な著書に『タモリ学』『コントに捧げた内村光良の怒り』『1989年のテレビっ子』『笑福亭鶴瓶論』『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』がある。
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