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ノンフィクションクイズ小説『ボルティモアへ』第7回「ニューヨークで踊る男」

伝説の『第13回アメリカ横断ウルトラクイズ』に集う若きクイズ王たちの青春を、気鋭のライター「てれびのスキマ」(戸部田誠)が描く話題沸騰のノンフィクション小説『ボルティモアへ』。第2章、『高校生クイズ』編スタート!

『ボルティモアへ』目次

第0回 連載開始予告
第1回 消えた天才
第2回 『ウルトラクイズ』の衝撃
第3回 レスポンスタイム
第4回 宝の地図
第5回 前哨戦
第6回 ハチマキ娘
第7回 ニューヨークで踊る男
第8回 coming soon…
(以降、毎週木曜日公開予定)



Ⅱ 長戸勇人、18歳。高校生たちの戦い

ニューヨークで踊る男

1983年大晦日に放送された『第1回高校生クイズ』はクライマックスを迎えていた。
京王プラザホテルで二次予選のペーパークイズを経て、それぞれのチームがコース別に振り分けられ、東京の名所を移動しながら戦い、勝ち残ったのは山形南高校と熊本商業高校、そして山形中央高校という3チーム。この年、朝ドラでは『おしん』が大ブームを巻き起こしていたが、おしんの故郷、山形から2校が決勝へ駒を進めたのだ。

決勝は日本テレビのスタジオより生放送で行われた。
それぞれの地元には応援団として校長先生や担任教師、親や友人たちが集まり、それを中継でつなげ「冬の甲子園」を盛り上げ、否が応でも緊張感が高まっていく。
決勝のルールは1問10点の早押しクイズ。100点先取で優勝となるシンプルなルールだ。

「高村光太郎の『智恵子抄』で知られる福島県にある山といえば?」
という第1問にすかさず「安達太良山」と答えた山形南は勢いづき、3問連取。そのたびに大きなガッツポーズを見せる。

4問目に熊本商が取り返すも、再び山形南が2問を答え、早くも優勝まで半分の50点を獲得した。圧勝かと思われた。だが、その後は他の2校とも奮闘し、15問を終えた時点で山形南80点、熊本商50点、山形中央20点という展開。山形南は17問でリーチをかけるも、熊本商が70点まで追い上げる。そして第19問。

「『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』で知られる人気作家と言えば誰?」
「村上春樹!」

山形南が答え、見事栄えある『第1回高校生クイズ』の王者となった。そして「冬の甲子園」らしく中継先の応援団が校歌を斉唱。歓喜に包まれた。

その放送を長戸勇人は京都の自宅で食い入るように見ていた。もちろん、他のクイズ番組を見る時同様、傍らにはスコアをつけるノートを開いている。
放送が終わるとすぐに電話が鳴った。
声の主は加藤実だった。『アップダウンクイズ』で対戦した後、連絡先を交換した彼らは主に文通で交流を続けていた。クイズに関する話はもちろん、なんでもない日常のことや2人が共通して好きだった野球の話など手紙に書く話題は多岐にわたっていた。だが、電話することは滅多にない。

「どうだった?」
その一言ですべてが通じ合った。

「オレは16問。お前は?」
「14問」

そんな短い会話だけで充分だった。
これは決勝で出題されたうち何問わかったか、ということではない。
あの決勝のメンバーと対戦した場合、自分なら何問目で優勝得点に達したかを言い合ったのだ。長戸も加藤も北川宣浩の本『TVクイズ大研究』を参考にほぼ同じ方法でスコアをつけていた。テレビ画面の出演者を対戦相手に早押し対決をし、その勝敗を記録していた。だから、即答できたのだ。

「でもオレらはあそこにおらへんかったから、あいつらのほうが上やな」
長戸が言うと加藤も「クイズは強い人が勝つわけではなく、勝った奴が強いんだからな」と同調した。

「ああ……、あれさえ正解していたら球場は抜けられたのになあ」
『ウルトラクイズ』の予選敗退者の間でこうした会話を交わすのは「ウルトラあるある」のひとつだ。それを“本家”出場前に一足早く言えるのがなんだか嬉しくて笑った。
それがこの年最後の2人の会話だった。

「千葉って、雪国やったんや……」
年が明けて2月16日、長戸は東京の大学の入学入試試験を受ける前に、加藤が住む千葉にやってきた。いつもはほとんど雪なんて降らないのに、その日はちょうど、1年に一度あるかないかという大雪が降っていた。家の周りには20センチ以上雪が積もっていた。

家に入ると加藤の姉が明るく迎え入れてくれた。加藤は長戸を部屋に案内すると「うちの姉貴が男だったら総理大臣になると思う」と笑って言った。
「中学の時、引っ越したんだけどさ、あの人、7月に転校したら、11月には生徒会の副会長になってたから」
圧倒的に人望があった姉に加藤は頭が上がらないという。1歳差だったから、いつだって、「ああ、彼女の弟さんね」という風に扱われた。けれどそれがなんだか心地よかった。
「坂本龍馬に対する坂本乙女みたいなもんやろ? オレんとこもそうやねん」
長戸も姉に強い影響を受けた。“表”で見せる自分のキャラクターはほぼ姉のキャラクターを模したもの。彼女のように振る舞えば周りに好かれ、周りを楽しませることができる。そう思いながら、自分を作り上げた。

「東京に来るつもりなんだ?」
「まあ、1校だけ受けたろと思てな」
長戸は将来、美術系の大学に受かれば建築デザイナーに、そうでなければ小学校の教師になることを目指していた。第一志望は神戸大学教育学部だったが、東京の大学も受験していたのだ。長戸は週末に試験が控えているとは思えないほどリラックスし、加藤と夜通し語り明かした。話したいことはたっぷりあった。なにしろ、『アップダウンクイズ』での対戦から、3年近くの時が経っていたからだ。

「『アタック25』に出ていた相原さんって知ってる?」
「知ってる。高校生やのに一般の大会に出て勝った相原一善さんやろ? せやけど鹿児島の堤さんとか大阪の真下くんとかも高校生やのに出てるやん。あれ、どうやって出れたんやろな」
「相原さんは『タイムショック』にも出ていたしね」

相原一善、堤秀成、真下淳……、2人の口からは次々とクイズ番組出場者たちの名前が溢れ出てくる。
ほとんどの人にとっては視聴者参加型クイズ番組に出演している人はあくまでも「素人」だ。だが彼らにとっては違う。憧れのスターでありアイドル。長戸は『ウルトラクイズ』のとある女性出場者が映ったテレビ画面を写真に撮り、それを生徒手帳に入れて持ち歩いていたほどだ。

「田上さんの押し方ってカッコええよな」
長戸は『第3回ウルトラクイズ』で準優勝した田上滋のボタンを押した勢いのまま手を跳ね上げるような早押しのフォームを真似したりもしていた。野球少年が憧れの選手のバッティングフォームを真似するように。

一方で、クイズ番組出演者は、のちに対戦するかもしれないライバルになるかもしれないという複雑な存在。いざ彼らと戦うとなったときに、どんなタイプのプレイヤーかわかるように、いつもクイズ番組を見て付けるスコアには、出場者の名前も必ず併記していた。だから、2人の口からはその頃のクイズプレイヤーが当たり前のように出てくるのだ。

「前に、夜中の『11PM』に広瀬祐子さんが出ててびっくりしたわ」
「あの『アップダウン』や『アタック』で優勝した広瀬さん?」
「せや、なんか大学の面白サークルの特集みたいなやつで『早稲田大学クイズ研究会』のメンバーで出てたで。名前出てへんかったけど、半分ぐらいのメンバー知ってたわ」
「大学のクイズ研究会か。長戸はどうするの?」
「オレが行こうとしてる大学にはクイズ研はなさそうやから、自分で作るしかないやろな」
「僕が行きたい大学にはあるはずだ」
「まあ何にしてもまだまだ先は続くってことやで」
「早く大学に入って活動したいな」
「ほんまやね」

翌朝の食卓にはいつもは食べたことのないピザトーストが並んでいた。
せっかく遠く京都から訪ねてやってきてくれたのだ。精一杯のおもてなしをしようと、加藤の母親は大雪の中、なんとか用意できた新鮮なトマトを使って長戸にごちそうをふるまった。たっぷりチーズの乗ったトーストを長戸は頬張った。

「美味しい!」
その言葉とは裏腹に本当は冷や汗をかいていた。なぜなら、長戸は当時トマトとチーズが食べられなかったのだ。けれど加藤の母親の優しさを無下にはできない。長戸は出されたピザトーストを満面の笑みで食べきった。

3月2日には、逆に加藤が京都大学の二次試験のため、長戸の家を訪れた。偶然にもこの日も雪がちらついていた。
加藤はもともと得意の数学の道に進もうと思っていたが、数学で食べていくのは困難。だから、国際政治学か行政学を学ぼうと思っていた。もちろん東京大学などの関東の大学という選択肢もあったが、当時、この2つの講座はどちらも、若くて名の通った教授が京大のほうにいた。だから、加藤は京大にしか行くつもりはなかった。
それには、もうひとつ理由があった。

京都には長戸勇人がいたからだ。あいつの近くにいれば、一緒にクイズができる。それは楽しいに違いない。
結果、加藤は見事、京都大学に合格。一方の長戸は東京の武蔵野美術大学に合格するも家庭の経済的事情で入学を断念。その代わり東京での浪人生活を選択する。結局2人はまた離れ離れになってしまう。2人の歯車は奇妙にすれ違っていくのだ。

話を戻し、京大二次試験の前日。長戸は加藤をボウリングに誘った。受験前の緊張をほぐそうという長戸なりの気遣いだったのかもしれない。

「ボウリングなんてやったことないよ」
加藤の投げるボールは吸い込まれるようにレーンの溝に落ちていってしまう。ガターを連発する加藤を見て楽しそうにはしゃぐ長戸。
「こうやるともうちょっとまっすぐ行くで」
長戸に言われるように投げると本当にまっすぐ飛んでいく。ピンが倒れ喜ぶ加藤に長戸は相好を崩しハイタッチする。

長戸がいると、それだけでパァッとその場が明るくなる。そして彼は常に自信に満ちていた。その一方で周りへの気遣いを忘れない誰よりも「大人」な側面もあった。
なんて楽しいんだろう。加藤はそのとき、ふと思った。

「こいつはいつか僕の手の届かないところに行ってしまうんだろうな……」

別にそこで何を語ったから、ではない。特別、クイズの話をしたわけでもなかった。
なんとなくとりとめのない雑談をしながら、ボウリングに興じているうちに、そんな予兆を感じたのだ。
いや、予兆なんてものではなかった。もっと確信めいたものだった。

「長戸勇人は、ニューヨークで踊る男だ――」

なんでそう思ったのか、理由はわからない。けれど『ウルトラクイズ』の決勝の舞台であるパンナムビルの屋上で長戸が笑っている光景が加藤実の脳裏にフラッシュバックのように映し出されたのだ。
この時、長戸勇人は18歳だった。

(第8回に続く)

著者 てれびのスキマ(戸部田誠)
1978年福岡県生まれ。お笑い、格闘技、ドラマなどを愛する、テレビっ子ライター。「週刊文春」「水道橋博士のメルマ旬報」などで連載中。主な著書に『タモリ学』『コントに捧げた内村光良の怒り』『1989年のテレビっ子』『笑福亭鶴瓶論』『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』がある。
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