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ノンフィクションクイズ小説『ボルティモアへ』第27回「立命館vs早稲田」

伝説の『第13回アメリカ横断ウルトラクイズ』に集う若きクイズ王たちの青春を、気鋭のライター「てれびのスキマ」(戸部田誠)が描く話題沸騰のノンフィクション小説『ボルティモアへ』。1988年、因縁の早稲田VS立命館は最終決戦へ!

『ボルティモアへ』目次

第0回 連載開始予告
第1回 消えた天才
第2回 『ウルトラクイズ』の衝撃
第3回 レスポンスタイム
第4回 宝の地図
第5回 前哨戦
第6回 ハチマキ娘
第7回 ニューヨークで踊る男
第8回 奇跡の会合
第9回 クイズサークル
第10回 昭和40年男
第11回 マイコンボーイ
第12回 伝説のテストマッチ
第13回 立命オープン
第14回 RUQS革命
第15回 聖地 フラワー
第16回 トリビアル・パスート
第17回 地獄の細道
第18回 クイズ列車
第19回 ポロロッカ
第20回 エンドレスナイト
第21回 大阪大学“RUQS”学部
第22回 ハイキングクイズ
第23回 玉屋
第24回 邪道
第25回 補欠合格
第26回 圧勝
第27回 立命館vs早稲田
第28回 coming soon…
(以降、毎週木曜日公開予定)



Ⅶ 長戸勇人、23歳。常勝

立命館vs早稲田

「なんのつもりだ!」
稲川良夫が電話口で叱責した。長戸勇人が稲川に怒られたのは初めてだった。

『アタック25』「大学対抗100人の大サバイバル」大会に出場する25人のオーダーを伝えたときだ。立命館・早稲田・法政・東京大学の4大学のクイズサークルそれぞれ25人計100人による大規模な団体戦。この大会で優勝するためには、ルールを考えれば考えるほど、出場者の順番が重要だった。「サバイバル」の名のとおり、各大学1人ずつがあらかじめ決めた順番に出て、誰かが正解したら他の3人が交代(また、誤答した人も交代)していくというものだからだ。強いプレイヤーがいかに重要な局面で解答権を得るか、その戦略を立てなければならない。

出場するメンバーは上回生を優先にし、1回生とこの年に入会した2回生という“新人”の間でクイズによる選考会で決まっていた。
そのオーダー決定を一任された長戸は悩み抜いた。ずっと考えているうちに、長戸の中に「楽しく戦って思い出に残るようなものになればいいんじゃないか」という思いが頭の中を占め始めた。いわば、「勝ち」にこだわることから逃げてしまったのだ。

それを見透かして稲川は怒ったのだ。
思い出を作るのは結構。だが、勝ちに行ってはじめていい思い出がつくれるのだ、と。

長戸はハッとした。
その通りや。本気で勝ちに行かなければならない。

「もう一回考え直します」

長戸は『アタック25』の過去の放送からランダムに20回分見直し、4人それぞれの展開を書き込み、勝因と敗因を分析した。何問目にどんな問題が出題されるかを研究し、どのあたりが勝負所になるかを考察した上で、それに合わせたオーダーに組み直した。
これで負けたら仕方がない。
そう思えるほど、完璧なオーダーが出来上がった。

そんな頃、早稲田大学のOB・西村顕治から突然、長戸のもとに電話がかかってきた。
1時間ほど雑談を交わした後、西村は唐突に話題を変えた。

「あ、そうそう。ところでRUQSのメンバーって決まった?」

いま思い出したように装っているが、間違いなく西村はこれが聞きたくて電話をよこしたのだ。めったにすることのない電話までして少しでも情報を聞き出そうとしている西村に、長戸は早稲田の本気度を感じていた。

「いやー、みんな勝手ばっかり言うもんで決まらんのですよ。しょうがないからアイウエオ順でいこうかなと思てます」

西村顕治は、「打倒・RUQS」に燃えていた。
社会人1年目にもかかわらず、連日連夜、新宿に住んでいた岩隈政信の家にWQSSの主要メンバーを集め対策会を開いていた。仕事が終わると、岩隈邸に西村はやってきて、WQSSのメンバーと朝まで「徹クイ」を行う。始発の時間になるとメンバーはそれぞれの家に帰っていくが、西村はそのまま1~2時間仮眠し、岩隈の家から出勤するのだ。

収録は12月だが、オンエアは1月下旬が予定されていた。そのため、西村は『アタック25』の過去数年の1月と2月の放送を見直し問題の傾向を研究した。

「“粉”って聞こえたら押せ!」

この時期の『アタック』では「粉」で始まる問題は「粉雪と牡丹雪。積もりやすいのはどっち?」という問題しか出ない、と西村は断言するのだ。だから「こなゆ…」で問題が始まれば答えは「粉雪」以外にはない、と言うのだ。

さらに西村はクイズを行う際にビデオカメラを回していた。

「ここは岩隈の家だけど、『アタック25』のスタジオだと思ってやれ!」

本番さながらに、ちゃんと正面を向いて答えを言うように指導した。常日頃からカメラを意識して緊張感を保つことで、本番で過度な緊張をしないですむように鍛え上げたのだ。それだけでなく、西村の指導は、存命の著名人の名前を答える時は「さん」付けすること等、クイズ番組に出る際のマナーにも及んだ。

メンバーとオーダーの選定は西村と齊藤喜徳が行った。
エースの齊藤は真ん中の13番目に、もうひとりのエース格である岩隈を18番目に置いた。『アタック25』の場合、終盤は既に勝敗が決し、“消化試合”のようになることが少なくない。だから、前半でもリードできるように、バランスよく配置したのだ。一方、RUQSは18番目から20番目に永田、長戸、瀬間を並べた。

『マンオブ』が終わり、十数日後、『アタック25』「大学対抗100人の大サバイバル」大会収録の日がやってきた。

リハーサルでは、本番さながらに、それぞれの大学のトップバッターが「フラッシュオンクイズ」に挑んだ。ランダムであらわれる黄色のパネルに隠されている写真に映っている人物を当てる問題だ。

立命館のトップバッターは和田美音。この大会のちょうど1年前の87年12月に入会した、RUQSで初めて定着した当時唯一の女性会員だった。のちに『FNS1億2,000万人のクイズ王決定戦』のグランドチャンピオン大会に2年連続出場するなどの実績を残すことになるサークルのマドンナ的存在。この大会の「キャプテン」にも指名された。

ところが、リハーサル問題で和田は誤答してしまう。その後、この問題を別の大学が答えたため、もしこれが本番なら、2人が失格になってしまうことになる。

これはマズイと長戸は思った。
「フラッシュオンクイズ」後の、早押しクイズ1問目は、研究の結果、基本ベタ問題が出されるということがわかっていた。そこでこの分野に絶対的な強さを誇り、早押しにも抜群の強さを誇る難波宏次を置いていた。だから1問目は和田が押し負けて取られても、2問目で難波が確実に取るというのが長戸の立てた作戦だった。だが、和田が誤答してしまったら、難波まで失ってしまう可能性が高い。それでは、長戸が立てた作戦が根底から崩れてしまう。

絶対に誤答だけはするな――。

和田にそう伝えなければならない。けれど、無情にもスタッフからすぐに声がかかった。
「では、早速本番に行きましょう!」

立命館と早稲田、プライドを賭けた戦いが始まろうとしていた。

(第28回に続く)

著者 てれびのスキマ(戸部田誠)
1978年福岡県生まれ。お笑い、格闘技、ドラマなどを愛する、テレビっ子ライター。「週刊文春」「水道橋博士のメルマ旬報」などで連載中。主な著書に『タモリ学』『コントに捧げた内村光良の怒り』『1989年のテレビっ子』『笑福亭鶴瓶論』『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』がある。
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