乾 雅人 Masato Inui
1964年、岐阜県生まれ。テレビ朝日でアルバイト後、1990年にライターズオフィスに入社。2004年に有限会社フォルコムを設立。『SASUKE』は第1回から総合演出を担当。その他の代表作に『クイズ100人に聞きました』『スポーツマンNo.1決定戦』『筋肉番付』『DOORS』『Dynamite!!』『K-1 WORLD MAX』『世界卓球』『ワールド・クイズ・クラシック』『リアル脱出ゲームTV』『ゼウス』など。
斉藤 哲夫 Tetsuo Saito
1971年、青森県生まれ。法政大学を卒業後、1996年にIVSテレビ制作に入社。2013年にフリーのディレクターとして独立。代表作に『特命リサーチ200X』『ネプリーグ』『カートゥンKAT-TUN』『冒険JAPAN!関ジャニ∞MAP』『世界卓球』『SASUKE』『The MASTERS, My Life』など。
『ワールド・クイズ・クラシック』から5年。『SASUKE』を生み出した演出家・乾雅人が再び動き出した。競技クイズの日本一決定戦。地上波では不可能な夢のために男たちが集まったのは、CSという新天地だった!(2016年8月30日収録、取材:大門弘樹、写真:辺見真也)
「CSだからこんなもんだよね」と
思われたら夢も希望もない
大門 本戦のオープニングを撮り終わったところで、乾さんが僕の方を見て「大門さん、これがやりたくて僕を呼んだんでしょ?」っておっしゃったのが、すごい印象的でした。
乾 「大門さんがやりたかったことを、なるべく具現化させてあげたい」っていうのが、第一にあったんですよ。「QUIZ JAPAN」創刊とか、『WQC』以降の大門さんの会社の動きとかも含めて、大門さんが今回の特番にかける気持ちっていうのが全てだから。……ただ、もちろん大門さんの想いはわかるんだけど、それを全部画にしちゃうと、言い方が悪いですけど「大門さん、そりゃテレビっぽくないわ」と。
大門 はい。
乾 それだと、観ているお客さんには刺さらないっていうこともあるので。なので、そこは僕とか斉藤ちゃんが「ここはテレビっぽいもので良いんじゃないですか?」「これはイベントでやっているから十分じゃないですか?」って口を出して。そういうせめぎ合いだったと思うんですよ。で、俺と斉藤ちゃんがディレクターをやるってなって、大門さんが「どんなものが出来上がるんだろう?」って不安になった時に、「ぜひ楽しみにしてもらいたい」と思ったんですよ。で、実際に画を撮って、現場で大門さんにモニターを見てもらって、「そう乾さん! 俺こういうことがやりたかったんですよ!」って言ってもらえる。そういう番組にしてやろうっていうのが、今回引き受けた理由だから。
大門 ありがとうございます。
乾 大門さんを筆頭とする、競技クイズというものを大事にしている人……。それから「クイズが大好きな人」「頑張っているけど陽の目を見ない人」「どうせ俺たちなんて……って思っている人」「俺だったらもっとできると思っている人」みたいな人たちが、いろいろいるわけじゃないですか。「QUIZ JAPAN」の責任者である大門さんが声をかけてクイズ番組を作ったという時に、できあがったものが、そういったクイズを好きな人たちに刺さらないとダメなわけですよ。「大門さんがやったのに、これかよ」っていう番組になってしまうと、「大門さんはクイズをわかってないな」って話になっちゃう。そうなってしまうと意味が無いから。だから、僕にとっては『ノックアウト』という番組を作ることで、大門さんっていう象徴が、クイズを愛する皆さんから「さすが大門さんだなぁ」って思ってもらえようにすることが全てだなって。
大門 結果、本当に十分すぎるものを作っていただいて。
乾 クイズファンにとって大門さんがどういう存在なのかということは、僕はそんなに知らないんです。でも、クイズの本をつくっちゃうくらいの人だから、情熱としては素晴らしいものがあるんだろうなぁと。で、その情熱にほだされて、「大門さんなら」と思って協力している人たちもいっぱいいるだろうから。そんな人が作った番組が「わかってねぇなぁ」っていうんじゃダメだろう、っていうことですかね。
大門 僕は最初、「ファミリー劇場さんのもとで、うちの会社がクイズ番組を作る」ということで、映画に例えるなら「インディーズムービー」を作るくらいの話だと思っていたんですよ。ところが、そこに、いわばハリウッドクラスのクリエイターの方に参加していただいて……。結果、それこそ『シン・ゴジラ』みたいなものが作り上げられた、っていうイメージですね。
乾 なるほどね。でも、「この番組をやっていただけませんか?」とディレクターとしてご指名いただいた時には、「こんなもんだろう」っていうレベルを凌駕したものを作らないとダメなんですよ。「この人に頼むと、こんなすごいものができあがる」っていうのが、次へのステップへと繋がるんだから。だから、CSだろうがなんだろうが「この人がやっても、やっぱこの程度なのか」って思われちゃったとすると、よろしくないんですよね。あと、お客さんに「CSで早押しのクイズやったらこんなもんだよね」って思われちゃうようなものを作ったとしたら、夢も希望もないわけですし。
大門 そうですね。
乾 まぁ、スタッフみんながそういう気持ちでいてくれるから、美術さんとか技術さんなんかも予算とか関係なく番組を作ってくれるんだろうし。みんな、口々に言っていたんですよ。「CSでこれはないだろう」「CSでこれをやっている俺たちって、バカだよね~」って。そういうことでコンセンサスがとれているので。それを見て大門さんが「わー、すげぇなぁ。こんなのできるんだ!」ってなったら、また次に……。次、あるかな? もし次があったら、やってみたいことが増えているじゃないですか。
大門 なるほど。
乾 そっちの方が楽しみかな、と思うんですよね。例えば「QUIZ JAPAN」だって、本気でやろうと思ってないなら、なにもあんなきれいな表紙にしなくたって良いわけじゃないですか。
大門 同人誌みたいな装丁で出せば十分じゃないの、っていう話ですよね。
乾 そう。なのに、あんなにちゃんとしたものを作って。それこそ「どれだけ売れるんだよ?」っていう本なのに、あんなに丁寧に作っていらっしゃるじゃないですか。それって、クイズを好きな人たちに対する「わー、すごいなぁ」「クイズ専門誌って、こんなの出来るんだ」っていうプレゼンだから。だから、「そこはちゃんとしよう」って思っていらっしゃるでしょ?
大門 はい、その通りです。
乾 そういうのって、すごく伝わるから。それがもし「この程度の予算だから、こんなものしかできない」って考えで始めちゃうと伝わらないし、見ている人も熱狂しない。そう思うんですよね。
大門 そうですね。
乾 『ノックアウト』を作ることによって、テレビ屋としてお客さんにプレゼンした。それがクイズファンに刺さるか、さらにはクイズファンじゃない人にも刺さっていくか? 「何を第一に考えて、どういう思いで作ったのか?」ということは、映像や音楽、編集の仕方で伝わっていくわけで……。これは僕しか言えないことだけど、そういうのって、世界中に広がっていくと思うんですよ。「意義」とか、「想い」「情熱」っていうものが、言語じゃないもので伝わっていく。そういうものじゃないとダメだから。
大門 はい。
乾 もともとは『筋肉番付』のスペシャルの中の小さなワンコーナーだった『SASUKE』が世界制覇をしていったのも、そういうことだから。あれを「2時間スペシャルの中の1コーナーから、まぁこんなもんでいいわ」ってやっていたら、たぶん今、『SASUKE』はこんな風にはなっていないよね。
大門 わかります。
乾 それはCSだろうが何だろうが同じ。「これはこういうものです」っていうことをしっかりプレゼンしないと、ファミ劇さんだって「こんなすごいものができるんだ」とは思ってくれないし。……そういえば、大門さんは現場でも編集の場でも「競技クイズの世界にいる、テレビに否定的な人たちが“これだったら出てみたいなぁ”っていうものにしたい」とおっしゃっていましたよね。でも、もし完成した番組が「これだったら『早押王』でいいじゃねぇか」っていうものになっちゃっていたら、彼らを引っ張り出せませんよ。そんな番組だったら、大門さんも「皆さん、参加してくださいよ」って言いにくいでしょうし。だから、1回目の『ノックアウト』では世界観を作り上げること、あと奥畑さんが随所で言ってた「これを勝たないと意味が無いんだ」っていう雰囲気にすることが大事だった。……こういうのって、重要なことですよね。
大門 そうなんです。素人クイズ番組の氷河期の時代があまりに長かったんで、諦めて、冬眠しているかのように硬い殻に閉じこもっちゃっている人もいるんですよね。そういう人たちは「俺はテレビじゃ絶対満足できない」「俺たちが活躍できる番組は二度と生まれない」みたいな境地で、修行僧のようにオープン大会でクイズをやっているので……。その人たちの心を熱で溶かしていく上で、この番組の存在が大きくなっていくと良いなと思います。
乾 『WQC』の時にの長戸(勇人)さんに、解説で出ていただけたじゃないですか。
大門 はい。
乾 「副音声なんですけど、解説お願いできませんか?」って長戸さんにお願いをしたんですけど、長戸さん、最初は非常に猜疑的だったんですよ。そこで「僕はこういう思いで番組を作っています」って内容のお手紙を書いて……。そしたら、それに反応してくれて、「じゃあ、やりましょう」って。で、『WQC』の収録が終わった後だったか、放送が終わった後だったかにメールをもらって。そこで「この番組は、自分が大事にしているクイズ番組というものを表現していてよかったです」っておっしゃってくれたんです。
大門 長戸さんに気持ちが伝わったわけですね。
乾 ディレクターの想いとか、番組が持っている意義とかがちゃんとしていないと、あのクラスの方を動かすことって、なかなかできないじゃないですか。
大門 そうですね。
乾 だから『ノックアウト』も、僕や大門さんが持っている気持ちっていうのが伝わって、「そんなの関係ないや」って思っている人たちを動かすきっかけになる番組になっていれば良いな、って思うんです。
大門 120%、そういう番組になっていたと思います。あとは、どうにかして見てもらわないとですよね。
乾 そうですね。
プレーを褒めたりけなしたりするのは
同格じゃないとダメ
大門 クイズ問題は「QUIZ JAPAN」が全て作成させていただいたのですが……いかがでした?
斉藤 一番困りますよね、その質問は(笑)。とにかく、難易度がわかんないんですよ。まず、僕自身が、出場している人たちのレベルがはっきりとわからない。要は「この問題ならできる」「この問題はできない」とか「この問題がわかったらすごい」「この問題は大したことない」っていう違いがわかんないんですよ。なので、問題のリストを見てもピンとこないし、答えているのを見ても、それがすごいのかすごくないのか、イマイチわかんなかったんですよね。
大門 まぁ、そうですよね。
斉藤 だから、編集する前もそこが一番フワフワしていて、最大の不安要素でしたね。で、収録が思った以上に……想定の倍くらい時間がかかったじゃないですか。だから終わった時点で「これ、相当切らないとオンエア時間にはまらないな」って。で、実際に何を切るかをセレクトするのは僕なんですけど、「カットする・しないを、どうセレクトすれば良いんだろう?」っていうのが、全然わかんなかったんですよね。特に、第1回目の番組なので、基準がないわけですし。だから、それが一番の悩みどころでした。
大門 実際、かなりカットされましたものね。
斉藤 一対戦に使える尺にも限りがありますし、トークと問題数のバランスを考えながら、最初は肌感覚で編集してたんです。で、ある程度まで編集して、「あ、これイケるな。面白くなるな」って思ったのは、控室にいたプレイヤーの映像を見た時。あれを見て自分の中で、「これで大丈夫だ」って思ったんですよ。というのは、編集で僕がセレクトした問題に対して、控室のプレイヤーが良いリアクションをしているものが多かったので。それで「あ、この編集は間違ってない。これなら大丈夫だ」って思ったんです。
大門 なるほど!
斉藤 そもそも、リングの上でやっている出題と解答のやり取りだけで4時間くらいあるんで、最初はそれだけを延々編集してたんですよ。で、その後に初めて控室の映像を見たんです。そうしたら、ビックリするほど皆、裏側でちゃんとリアクションしていて。「早い!」とか「いや、これは押せないわ」って。それを見て、プレイヤー目線の見方を教えてもらえたというか。最初、「彼らはあまりにもすごすぎるから、リアクションなんか全然してないんじゃないか」と思ったんですよ。それこそ、答えているのを聞いても「フンフン」って感じで、あんまり関心がない、みたいな。でも、実際には出題傾向を分析したり、挑戦しているプレイヤーの心理とかも分析しながらリアクションをしてくれてたんで。それを見てから僕の中でも、出されている問題の難易度とか「押しにくい・押しやすい」っていう違いがわかるようになった。あの控室を編集で入れ込んだら、番組構成がすごく立体的になりましたね。
大門 控室にいるプレイヤーのリアクションのおかげで、クイズの問題がより理解できるようになったと。
斉藤 あれがなかったら、迷いながら編集していたかもしれないですね。だから、最初は問題の質も難易度も全然わかんなかったんですけど、最後まで編集した上で、トータルで見たら、「良い問題が結構多かったんだな」っていうふうに思いましたね。
大門 それにしても、あの『SASUKE』方式のリアクションを撮るっていうのは、本当に大成功でしたね。最初は「誰か解説者をおこう」っていう案もありましたものね。
乾 俺がいない会議で、「解説者をおく?」っていう話になったんだよね。
大門 そうですね。
乾 解説者って、最初の候補は誰でしたっけ?
大門 古川(洋平)君ですね。
乾 あぁ、そうか。で、古川さんがNGだったんで、「じゃ、大門さんがやる?」っていう話に……。
大門 一旦はそういう話になったんですよね。
乾 最初にリングの下見に行った時に、「出場者はここにいてもらう」って、控室を決めたじゃないですか。僕、あの時に「ここにカメラを置いた方が良いな」「ここで出場者にリアクションさせた方が良いよなぁー」って思ったんですよ、漠然と。
大門 すでに下見の段階で。
乾 で、その後で「解説をおく」っていう話が出た時に、「収録の段取り上、面倒くさいな」というのと「じゃあ、誰をどこに置くんだよ?」っていうのがあって。まず「解説席をどこに置くの?」って。
斉藤 撮りづらいし(笑)。
乾 僕としては、構造をできるだけシンプルにしたかったんですよ。MCのやついさんがいて、常世がいて、解答者がいて、負けた人もいる。その中にもう一人コメンタリー(実況解説)を入れると、あのリングのまわりだけでディレクター何人必要なんだよ、っていう話になって……。
大門 なるほど。
乾 なので、リングの中は出来るだけシンプルにしたくて、「そもそも解説はどうなんだろう?」「伝わらないんじゃないか?」っていうことになって。それで「誰かがしたり顔で何かをしゃべるより、プレイヤー同士がしゃべった方が面白かろう」と思って。これが『SASUKE』方式と言うやつで、例えば実況の人は現場で起こっていることだけを伝える。この人は、あくまで現場でのやり取りだけを見せるんだと。ところが、その裏にいる仲間だったり、待機している人たちは「あそこ、ああやっちゃダメなんだよ」ってくさす、「すげぇ、やっぱすげえよ」と讃える……。こういう褒めたり、けなしたりみたいなことを言う人たちって、同格じゃないとダメなんですね。例えば、『SASUKE』にオリンピックのメダリストが来て「今の動きは素晴らしいですね」って言ったとして、どれくらい伝わるんですかねぇ、っていう。
大門 それは間違いなくそうだと思います。
乾 そんなのを使うくらいなら、リアクションが良い人を使った方が良いんです。TBSの『世界陸上』って、「行け!行け、やった、ウォー!」ってやってるだけの解説者を使うじゃないですか。それはどういうことかというと「きちんとした解説できる金メダリストなんか滅多にいない。だったら、解説者をリアクターとしておいておこう」っていうことなんですよ。「うぉー、すげぇ!」っていうダイレクトなリアクションというのは、お客さんの気持ちに近いものだから。
大門 なるほど。
乾 でも、そういうのって冷静な解説者を置くと、途端に薄まっちゃうだろうなって。なので「解説を置くとしたら、長戸さんみたいな滅多に出てくれない人がしゃべってくれないと意味がないかなぁ」って思ったんですよ。だから「長戸さんクラスを呼べないなら、場の雰囲気を伝えるのはプレイヤーじゃないといけないかなぁ」っていうのは、もともと何となくあって。で、編集した斉藤ちゃんが「控室のリアクションがハマってた」っていうから、「あぁ、カメラを置いてよかったな」って思いましたね。……斉藤ちゃん、オフラインプレビューの時にも「リングの中で行われていることを、楽屋のプレイヤーたちが語ることによって、立体的になりました」って言ってたよね。
斉藤 「表と裏」の構造、ですね。
乾 番組の1回目を実験としてやっていく時に、ああいうものをやっていくっていうのは大事だな、と思って。まぁ、あれは良いアイデアでしたね。
テレビでは作為的な演出をやりがち
それをしないことで想像を超えた展開が生まれる
大門 試合展開については、見ていてどうでしたか? まずは最初の準々決勝。
斉藤 ハマりすぎましたよね。
乾 組み合わせとクイズ形式がドンピシャでしたね。
斉藤 そうなんですよね。……あれは偶然ですよね?
大門 偶然ですね。
乾 あの対戦カードが演出ではないというね。くじでしたっけ?
大門 (予選会の最後で)くじを引いて順番を決めて、トーナメントの場所を選んでもらいましたね。
斉藤 あと、一番重要なのはクイズの問題じゃないですか。
大門 そうですね。
斉藤 あれね、例えば一方的な展開になってしまった奥畑さんと春日さんの戦いも、もし春日さんが得意な問題が出ていたら、また全然違った結果だったでしょうし。
乾 あそこはディレクターがどうこうできる話じゃないわけですし。いわば、番組の持っている運ですよね。
大門 あれは神様の領域ですよね。
乾 ただ、ちょっと反省点としては、「30分たっても決着がつかない」ってのは見越していなかったよね。そこくらいかな? 準々決勝の、あの座組みはベストだったですよね。中でも、やっぱ為季。彼があそこにハマったことによって、「あ、こういう番組なんだな」っていうのが非常に伝わりましたよね。
斉藤 あれでルールの意味もわかったし。
乾 やついさんも、それを言っていましたね。「あぁ、こういうことなのか」って。クイズ形式に関しては本当に、組み合わせと問題、あとはそれが出題される順番……。大門さんが「この対戦だから、こういう順番で問題を出そう」なんて考えていたかは知らないんですけど、よくハマってましたよね。
大門 バッチリでしたね。
乾 バラエティのクイズ番組だと、ある人が一方的に勝っちゃうのはダメだから、「こいつは、このジャンルが得意なんじゃないかな」っていう予想の元に、問題を入れ替えたりしがちじゃないですか。でも、『ノックアウト』はそれを一切しないで、最初に並べたまま出したんですよね?
大門 並べた通りです。
乾 ガチでやって、それでああいう奇跡が起こるっていうのは……本当にすごいなぁって思いました。
斉藤 あと、あの問題で勝負できる8人もすごいですよね。全くのノンジャンルで、問題の順番も決まっていて、それでも拮抗した勝負ができるっていう8人。「やっぱ、選ばれた実力者たちなんだなぁ」って思いましたね。タレントが出るクイズ番組だと、正解がゼロっていうわけにいかないので「この人はこれだったら答えられるだろう」っていう問題を準備したりとか、勝負もシーソーゲームというか、ある程度拮抗した戦いになってほしいので、交互に正解できるような順番を考えたりするんですけど。でも、彼らにはそういうのが必要ないっていう。すごく驚かされましたね。
大門 以前、長戸さんから「素人の勝負の時に、問題を入れ替えたりとかいう作為を入れると、番組から運が逃げる」という教えを受けたことがあって。その時に「あぁ、そういうもんなんだ」と思ったので、この番組は問題を絶対に入れ替えないぞ、と。
乾 『WQC』もそうだったんですよ。問題の入れ替えはしなかったんです。……ただ、やっぱり外れる時もあるわけですよ。そういう意味では、入れ替えないっていうのはリスクがあるんです。だから、入れ替えないでうまくいくには、問題を最初に並べた時点で完璧な並びになっていないとダメなんでしょうね。そのためにちゃんと準備をするのが大事。「問題を入れ替えるかもしれないから、とりあえずこんな感じで」ってやっちゃったら、たぶん1回運が逃げる。
大門 はい。
乾 それは対戦の組み合わせもそうで……。テレビって、「こいつとこいつの対戦」なんてことを勝手に決めちゃいがちなんですよ。「この対戦の方が面白いから」「こいつが負けちゃいけないから」なんて理由で、勝手に対戦を決めて。で、本当はくじ引きなんかしてないのに、ナレーションで「くじ引きの結果、こうなった」みたいなことを、良くやっちゃうんです。でも、それをやるとね、つまらないんですよ、実は。想像以上のことにならないし。
大門 大きく跳ねる可能性を、そこで消しちゃっているということですよね。
乾 今、テレビの地上波の番組は「理想的な展開になるように」っていうことで、そういうことを相当やりますね。僕はそれを悪いこととは思わないんです。でも、そうじゃないようにやった時にしか生まれない、ガチな素晴らしさっていうのも、絶対にあると思うんです。ガチじゃない番組って、「こいつが勝つよね」っていう、プロデューサーの思った通りの番組になってしまうけど、それだとダメなんですよ。……そういう意味では、あの準々決勝は完璧でしたね。
大門 そしてそこに、やついさんがネタを振っていく。
乾 「ここが見所だよ」とか「これで流れが変わるんじゃないか」とか、素晴らしいポイントでしゃべってくれましたよね。すごい空気を読んで。流れを読む天才なんだね。為季が4ポイントになった時に「これで流れ変わるかもしれませんね」って言ったでしょ? この時は俺、「まだあと2ポイント差あるじゃん。相手はあと1ポイントとれば勝ちなのに、なんで“流れが変わる”なんていうんだろう?」って思ったんです。ところが、実際に変わったから、「この人は天才なんだな」って。
斉藤 なんか、スイッチが入る感じを読めるというか。
乾 そう。そういうのを、やっぱ肌感で持っているんでしょうね。
大門 なるほど。
乾 とにかく、準々決勝に関しては「やついさんの空気の読み方がすごい」と。正直言うと俺、もっと段取りっぽく、イジりだけやるのかと思ったんです。だって、勝負の流れなんて言いようがないから。
大門 そうですよね。
乾 最初、「やついさんの耳にトークバック(指示用の連絡回線)入れるか」みたいな話があったじゃないですか。僕や大門さんから「こういう風にやってください」って指示を出します、ってことで。で、実際に入れてもらったんだけど、1組目をやった時に「(横にいる)常世の声が聞こえない」ってことで「ちょっと外したいな」「外しますか」ってなって、外しちゃったんだよね。で、その時に「自由にやってくれ」って、しちゃったわけですよ。だって、僕らが言って欲しいと思っていたことが1個も伝えられなくなっちゃったんだから。
大門 まぁ、仕方がないですよね。
乾 ただ、結果としてはあれで良かったんだなと。じゃないと、やついさんは、こちらが何か言うのを待っちゃうから。で、それだと、良さが消えちゃったんだろうね。だから、「耳が聞こえない」となった時に「取っちゃって良いよ」ってなったのが、現場の流れとしてはすごく良かったな、って。そこまで自由にさせちゃうって、本当はやっちゃいけないことなんだけどね。だって、制御不能になっちゃうから。
大門 そうですよね。
乾 自由にやるといえば、ボタンチェックね。最初は普通に、いつものボタンチェックをやってもらうつもりだったのに……。
斉藤 本来は、段取りとして入れただけ、なんですよね。
乾 うん。あれは口頭で、「じゃあ、春日さんから」「次は奥畑さん」ってやってくださいってお願いしただけで。それで「じゃあ、ボタンチェックやりましょうか」「ピンポンピンポン」ってやって……。そのあと、いきなり「ちなみに、僕の合図でどっちが早く押せるかやってみましょうか?」なんて始めたじゃないですか。俺、最初は「これ、要るかなぁ?」って思ったんですよ。
斉藤 ですよね(笑)。
乾 だって、蛇足だもん。でも、やついさんが勝手に始めちゃったし、もう撮っちゃってるんで「しょうがない。まぁいいや」って思ったんですけど。……その後で「空振りする」「合図の前に押してみた」「2人とも押さない」って流れができて。
大門 解答者がやりたい放題でしたよね(笑)。
斉藤 あとは、ボタンチェックで押さなかった宮川(敬)君が、最初の問題を空振りしたあとで、やついさんに「だから押したほうが良かっただろう!」ってイジられたり。
乾 そういうのを、プレイヤーが勝手にやっているじゃないですか。「え、これ、台本もないのに?」「こんなことがあるのか」と。それを見て「奇跡のような流れだなぁ」って思って、ちょっとビックリしましたね。こっちが「やれ」って言ったことじゃないから。
斉藤 ちなみに、編集でカットしましたけど、決勝のボタンチェックは奥畑さんが勝っていますから。つまり、あのジンクスは最後まで守られたんですよね。
大門 そうでしたね。
乾 あと、為季がボタンを普通に押して「あ、これくらい? なるほど」っていう感じもよかったよね。
斉藤 あれは押した時の感触をチェックしていたんですよね。
大門 「為季君だけがボタンの遊びをチェックしていた」って、斉藤喜徳さんが言っていたんですよ。
乾 押し込みね。
斉藤 「だいたいこれくらいで反応するんだ」っていう。で、口だけを見てると「なるほど」って言っているんですよ。
乾 あれは良かったなぁ……。
乾が惚れ込む
ベストバウトメーカー・為季の魅力
大門 続いては準決勝のボード。まずは「ボードという形式がどうなんだ?」っていうことがありますよね。
斉藤 今回収録をやってみて「次回があるなら、一番考えなきゃなぁ」と思ったのがボードクイズですね。戦況が変わりにくいっていうか、リードされると逆転する要素がないっていうのが……。
乾 リードされたら、相手の間違え待ちになっちゃうから。
斉藤 そうなんですよ。で、間違え待ちになるのは、ちょっと展開的にツラいなと。
乾 斉藤ちゃんも言ってたけど、リードされている人が「この問題、わかった!」ってなっても、「でも、相手もわかるだろうなぁ。じゃあ、ダメじゃん!」というのが、(正解発表前に)わかっちゃう。
斉藤 まぁ、僕らはわかんないですけど、プレイヤー同士で気づく感じは、キツイですね。「この問題だったら、相手も絶対に知っているはずだ」「ほら、もう書いてるし……終わっちゃったな」みたいのが、言葉とか顔に出さなくても、お互いにわかっちゃっている感じ? そういうのは楽しくないなぁ、っていう。
大門 なるほど。
斉藤 それは対戦している選手側の目線で見てもそうだし、控室で見ている人たちもそうだし。そこは変えないとダメかなぁ、っていう。今回では唯一の課題ですね。
乾 あと、画的には……せめてフリップにしてくれよ、という。
一同 (爆笑)
斉藤 「スケッチブックかぁ」っていう(笑)。ボードクイズって言っているのにね。
乾 あと、もっと太いマジックにしてくれって(笑)。
大門 ボードクイズの小道具は、全部、予選会と同じものを使いまわしましたからね……。
斉藤 そういえば、ネームプレートが意外とデカくて、書いた文字が見えなかったりもしましたね。そういうところも含めて、次回はちょっと変えないとですね。
大門 為季君がえらいのは、おそらく控室で準決勝1組目の様子を見て、「上に書かないといけない」と思ったんですよね。なので、自分の出番の時は、答えをボードの上の方に書いて。
乾 彼はテレビクイズに慣れていますよ。さすがですよ。
大門 せっかくなので、ここで為季君の話もちょっと。編集の時に乾さんが「為季は素晴らしい」って話をされていたじゃないですか。ここで是非、為季君がいかに素晴らしいかという話を……。
乾 彼はベストバウトメーカーってことですかね。陸上競技なんかだと、オリンピックで銅メダルばっかりのブロンズコレクターみたいな人、いるじゃないですか。常に良いところまでは行くけど、なかなか金メダルを獲れない人。逆にいうと、そういう人っていうのは物語を作る人なんですよね。
大門 あぁ、なるほど。
乾 金メダルを獲った人は、それで物語が完結しちゃうんです。でもブロンズコレクターっていのは、その人のストーリーを続けていくから。為季はきっとそういう人で、汗かいたり、ため息をついたり、ほっとした表情をしたり……。そういうのが、非常にテレビ的。『WQC』のときから、本当にそれを思っていたんですよ。それこそ、予選の面接の時から「本番でイジろう」って思ってたくらいで。
斉藤 見つけちゃった(笑)。
乾 だから、キャッチフレーズを考える時も、為季のコピーを一番考えたんじゃないかなぁ。……あのフレーズを、本人がどう思っているかは知らないけど。
斉藤 なんていうキャッチフレーズでしたっけ?
乾 「IQ牧場」っていう。
斉藤 そうでした(笑)
乾 メインの仕事は牧場じゃないのに(笑)。……彼、兼業なんですよね?
大門 そうですね。当時は兼業農家で。
乾 「牧場ほとんどやっていない」って言ってんのに、「IQ牧場」なんてひどいキャッチフレーズ付けちゃって。でも、為季のあの感じは本当にテレビ的だし、僕は彼とは『WQC』で会っていたから、今回も予選から勝ち上がってくれたことに対して、すごくありがたかったんですよ。為季って実は、予選で負けそうになったんですよね。
大門 最後、ギリギリでしたね。
乾 そのときは「為季、やってくれ!」って思っていたら、最後逃げ切ってくれて、「ほーら、やってくれた!」って。テレビディレクター的な感情でいうと、「為季に頑張ってほしいな」「でも、優勝はしてほしくないな」っていう(笑)。
大門 優勝したら完結しちゃいますものね。
乾 キャラクターも素晴らしいし、キレないし、マジメですし……。素晴らしいクイズアスリートだな、って思ってます。為季が次の予選、残ってくれるかわかんないけど、また出てもらいたいなぁ。
大門 斉藤さんはどうですか?
斉藤 そうですね……。勝者が花道から引きあげたあと、舞台から降りてくるところも収録の時に全部撮っていたんですけど、唯一編集で使ったのが、為季君なんです。
大門 そうでしたね。
斉藤 人柄が出ていたというか、勝負が終わった時の疲労感とか感情がすごくわかりやすかったんですよね。だから、それは絶対に使いたいなぁと思って。あと控室でも、人のプレイを見ながら自分に足りないところを反省したり、悔しがったりとか……。いろんな表情を一番見せてくれたのも為季君でした。だから、彼は編集していてもすごく使いやすかったですね。そういう面では、乾さんもおっしゃった通り、すごくテレビ的なプレイヤーだなぁ、という印象です。
乾 ほっとした時にホントに胸に手を当てる人なんて、なかなかいないじゃないですか。お芝居で「よかったー」ってやる時には演出でつけるけど、普通の人はあんなのやらないですよ。
斉藤 普段の生活でね。
乾 ところが、為季はそれをやる。それって、すごいキャラクターなんですよね。ビックリした。
斉藤 あと、皆さんはそんな気づいていないと思うんですけど、早押しでランプが点いた時に「あ、点いた。よかった」って、ちっちゃい声で言っているんです。そういうのって、素なんですよね。そういうところも、良いキャラクターだなぁ、って。
乾 素晴らしいキャラクターですよね。「ホントは嫌なやつだったらどうしよう」って思うくらい。それくらい、為季は良い。でも、他のプレイヤー7人も奇跡のようなキャラクターだったから。「こういう人たちが集まるなら番組は続くのかな」っていうくらい、全員が良いキャラクターでしたね。
斉藤 キャラのバランスが、ね。
乾 例えば、全員が武藤(大貴)君みたいなキャラクターだったら、ちょっとキツいんですよ。全員があんな感じだったら、「イベントでやったら良い」ってなっちゃうんですよね。
大門 8人中1人だったから成立したと。
斉藤 でも、武藤君は武藤君で、僕はすごく助かりましたよ。ああいうキャラクターって、異質だし、空気が変わるじゃないですか。彼のようなキャラクターが8人だと、もうどうしようもないって思うんだろうけど。
乾 どう編集したら良いか、わかんないですよね。
斉藤 そういう意味で、武藤君は「これが競技クイズのプレイヤーだ」っていう感じに僕には見えました。編集していて「たぶん競技クイズ界では武藤君がわりと普通で、為季君が異常なのかも」って感じましたね。
大門 なるほど。(PART4へつづく)