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INTERVIEW

「東大に入って『SASUKE』に出たい!」沖縄出身の東大生の紆余曲折 
東大王候補生・砂川信哉インタビュー(前編) 

TBSで放送中の人気番組『東大王』で、4月から新たに登場した東大王候補生たち。
東大王候補生のこれまでの歩みと『東大王』に対する想いをインタビューする連続企画。
2人目は「5人目の東大王」として、以前からメンバーの一角を担ってきた砂川信哉。
砂川が語る東大入学までの紆余曲折と、番組で起きたミラクルの数々とは?
(2019年6月28日収録 聞き手:大門弘樹 撮影:玉井美世子)
©TBS

沖縄から3浪して東大へ
きっかけは塾の先生だった

――東大生の方は勉強以外にも習い事をしていたという人が多いみたいですが、砂川さんも大学に入るまでに何かされてましたか?
砂川 習い事は水泳とピアノぐらいですかね。

――ピアノはいつくらいまで?
砂川 僕は途中でやめちゃったんで、初歩的なところだけですけどね。弟はすごくピアノをやっていて、今もずっと続けているんですけど。

――弟さんはおいくつですか?
砂川 2つ下ですね。

――男性でその歳までピアノを続けるのって、けっこう珍しいですよね。
砂川 ですよね。なんかサークルで、コンサートみたいなことをやったりしてるんですけど。

――へぇ~、それはすごい! ……と、弟さんの話はさておき、では砂川さんが中高生時代に打ち込んでいたものとなると、やはり水泳になるのですか?
砂川 あとはサッカーをやっていたんですよ。……といっても、サッカーもずっとやってたわけじゃないですけど(苦笑)。小5の途中から中2の終わりまでと、高1の終わりから高2の終わりまで、みたいな感じで。

――なるほど。受験が近づくとやめちゃう、みたいな。
砂川 そう。なんか途中から入って、途中で去っていくみたいな感じで。

――じゃあ、全国大会を目指したりみたい感じでは……。
砂川 全然ないですね。まぁ、あまり強いチームではなかったので(笑)。

――なるほど。では子供の頃から好きだったクイズ番組はありますか?
砂川 僕、クイズ番組は小さい頃からホントに好きだったんですよ。中でも幼稚園か小学校に入ったぐらいの頃にやってた『クイズ$ミリオネア』、あれがすごい好きで。

――『ミリオネア』のどの辺に面白さを感じていたのでしょう?
砂川 それが、なんで好きになったかわかんないんですよ。気づいたらすごい好きになってた、みたいな感じで(笑)。『クイズ$ミリオネア』の玩具って、いろいろ売ってたんですけど、けっこう集めてたんですよ。電池を入れるとみのもんたさんに似せた人が問題を出してくれて、ボタンを押して答えるやつとか。あと、問題が書かれたカードがいっぱいあって、それをケースに入れてると問題と選択肢が出てくる、みたいなのも持ってましたね。で、『ミリオネア』の問題を、小学1年生ぐらいの頃に覚えてたりしてたんですよ。

――そんな早くから!
砂川 ただ、それは問題の意味まで理解していたわけじゃないんですよ。だって、歴史の問題とかって、子供にとっては意味がよくわかんなかったりするじゃないですか? だから、「この問題の時はこの答え」みたいに、答えだけを覚えてた感じで(笑)。

――なるほど(笑)。
砂川 まぁ、偉人の伝記がすごい好きで読んでたので、それにまつわる問題とかが出たりするとちょいちょいわかる、みたいなのもあったんですけど。ホントに少しですけどね。今にして思うと、そういうたまにわかる問題が正解できたので、『ミリオネア』にハマったのかもしれませんね。

――ちなみに、『ミリオネア』以外のクイズ番組はどうですか? 例えば『高校生クイズ』だったりとか……。
砂川 『高校生クイズ』は日テレなので、沖縄では映らないんですよ。

――え?! だって、沖縄予選とかありませんでしたっけ?
砂川 沖縄予選は放送されるんですけど。

――じゃあ、沖縄で流れるのは地方予選だけ?
砂川 はい。ちなみに、沖縄予選には高3の時に出ました。あっさり負けちゃったんですけど(笑)。

――でも、当時はクイズをやっていたわけではないですよね? なぜ『高校生クイズ』に出ようと思ったのですか?
砂川 なんか、うちの高校の先生が「高3は想い出は作れ!」みたいな感じだったんです。で、『高校生クイズ』の予選に出るのをオススメしてたんですよ。

――それはいい高校ですね!
砂川 『高校生クイズ』に出ちゃダメな高校もあるらしいんですけど、うちは学校側が勧めてくる感じで。

――でも、予選は出たけど、全国大会がどうなったかは見れなかったわけですよね?
砂川 それが、なんかすごい全国大会(「知の甲子園」路線)になってからは、2か月後ぐらいに再放送されるようになったんですよ。それを高2ぐらいの頃に初めて観たのかな? たしか「火星最大の火山はオリンポス山」みたいな問題から始まった回なんですけど。……えーっと、青木(寛泰)さんでしたっけ?

――青木君というと、開成が三連覇を達成した2012年に全国大会に行って優勝していますね。
砂川 その時に初めて観たんですよ。田村(正資)さんの時はまだ知らなかったんですけど。あの時の青木さんのチームメイトって、伊沢(拓司)さん……ではなくて、水上(颯)さんでしたっけ?

――はい、水上君ですね。
砂川 だから、伊沢さんのことも知らなかったのかな。で、水上さんのことはたぶん観てるんですよ。

――なるほど。しかし、当時はまさか、のちに一緒に番組に出るとは思ってもいなかったでしょうね。
砂川 はい(笑)。

――あと、先ほど「沖縄は日テレが映らない」というお話がありましたが、じゃあ他の番組なんかは……。
砂川 割とテレビっ子だったので、小さい頃はいろいろと観てはいたんですよ。ただ、中学の時は愛媛にいたんですけど、そこで寮に入ってからはテレビを見るのが禁止されて……。で、中2の終わりに沖縄に戻ってきてからは、テレビよりゲームばかりしてたという(苦笑)。

――なるほど。ちなみに、ゲームはどんなゲームをされてたのですか?
砂川 『ポケモン』はずーっと好きで、あとは『ファイナルファンタジー』とか『ドラクエ』とか、いわゆる王道と言いますか……。

――いずれも国民的ゲームソフトですね。
砂川 はい。それを狭く深くやり込む、みたいな感じですね。トロフィー(プレイステーションのゲームにおけるやり込みの指標)を全部取ったりとか。

――じゃあ、今でもゲームはけっこうされている?
砂川 最近はあんまりできてないんですけど。でも、一時期はけっこうやってましたねぇ。

――続いては東大入学に至るまでの道のりをお聞きしたいのですけど……。実はけっこう苦労されているとか。
砂川 はい。いろんな遠回りをして(苦笑)。

――差し支えなければ、そのあたりをお聞かせいただければ。まず「東大を目指そう」と思われたのは、いつくらいなのですか?
砂川 ……これ、詳しく話すのはためらわれる面もあるんですけど(苦笑)。

――え、それは一体?
砂川 順を追って説明するとですね、そもそも沖縄から東大を受ける人って、すごく少ないんですね。だから、僕自身もまず「東大に行きたい」なんて思ってなくて。高1の頃は山下智久さんとか向井理さんとかを見て「明治大学すげえ!」みたいな感じだったんですよ。だから当時は「勉強したら明治に行けるのかな?」とか思っていたようなくらいで。

――なるほど。
砂川 で、ある日、友だちに誘われて塾の体験会に行くことになったんです。そうしたら、そこの先生が「自分は東大出身だ!」なんて言ってて、「沖縄から東大を受けようじゃないか!」「お前らも勉強すればできるんだ!」みたいことを言ってたんですよ。で、その人は数学の先生だったんですけど、教え方がすごく上手くて、習っているうちに「え、もしかして自分も東大に行けるの?」みたいな気になって(笑)。それが意識し始めたきっかけでしたね。

――その先生は、ヤル気とかモチベーションを上げていくのに長けたタイプの先生だったのですね。
砂川 そうですね。話がすごい上手くて。月に1回ぐらい学習会っていうのがあって、そこで勉強の仕方とか精神的な面について話す機会があったんですけど、それでヤル気もどんどん向上していって……。ところが、高2の頃かな? その塾が内部分裂をしたというか、ほかの先生がいなくなったりとかしたんですよ。

――え、それは一体?
砂川 これは卒業してからわかったことなんですけど、実はこの数学の先生にはちょっといろいろ問題があったというか……。で、実は東大出身というのもウソだったんですよ!

――えぇ~!
砂川 でも、数学を教えるのは上手いんですよ。実際、僕が受かったのはその人のおかげなわけですし……。高3の時点では数学ばかりやってたんですけど、東大の受験においても周りよりちょっとできるぐらいの成績を残せてたんですよね。まぁ、ほかの教科は全然ダメだったんですけど。

――「自称・東大OB」の偽物に、本物の東大生になる基礎を作ってもらったと(笑)。
砂川 そういう人に育てられてある程度の水準までは達してたということと、その人のおかげで今がある、っていうのがあって、なんか複雑なんですよね……。「騙されていたけど恩人」みたいな。だからこれ、今まであまり言ってこなかったんですけど(苦笑)。

――なるほど(笑)。では、実際の東大の受験はいかがでしたか?
砂川 もちろん、現役の時はすごい緊張しました。ただ受験の時って「自分がどれぐらい仕上がっているか?」みたいなことがわかるじゃないですか?

――「この調子なら大丈夫だな」みたいな、事前の手ごたえということですかね?
砂川 はい。で、現役の時は「もし自分の実力以上の力が出せれば受かるかもしれないな」ぐらいの感じだったんです。「まだちょっとキツいんじゃないかな」と思いつつも「運よく実力以上の力が出せれば受かるかも」みたいな感じで受験して……。で、結果として10点ちょっと足りなかったのかな。

――ほんのちょっと足りなかったんですね。
砂川 この時は僕、理科がダメだったんですよ。受かる人はみんな120点中80点ぐらい取るんですけど、僕はその時40点ぐらいしか取れなくて……。ただ、「理科ならば勉強すれば上がるから、浪人したら受かるだろう」みたいに、すごい楽観的に思ってて。

――「あと10点なら、苦手の理科さえなんとかすれば受かるだろう」と。
砂川 ……ただ、浪人してすごい遊んじゃって。で、現役の時より成績がすごい下がったんですね(苦笑)。

――えぇ~!
砂川 はい。で、結果的にたくさん浪人をすることになって(苦笑)。ようやく最後の年になって「いい加減、真面目にやろう」みたいに思って、「苦手な英語を絶対に勉強する時間」とかを作ったりするようになったんです。そこで初めて苦手科目とちゃんと向き合って、ようやく受かったというか。

――差し支えなければ教えていただきたいのですが、何浪されて東大に?
砂川 結局、3浪してますね。

――じゃあ、1浪目と2浪目でちょっと遊んじゃった、みたいな……。
砂川 2浪の途中ぐらいまでは(苦笑)。

――で、3年目に「ちゃんとやろう」と(笑)。
砂川 はい。最後はちゃんとやりましたね(笑)。まぁ、過去の蓄積があるのでちょっとは楽だったんですけど。

――でも、3浪してまでも東大にこだわったというのは、やはりその先生の影響が大きかったのですか?
砂川 うーん……。というよりは、やっぱ目指し始めてから途中で諦めるのって、なんか嫌じゃないですか? あと、実は僕、現役時に慶応に受かってて。ただ、それを辞退してまで浪人してたんで、なんか「今さら東大以外に行くのもなぁ……」みたいなのもあったんですよ。「なら現役の時に行っとけよ」みたいな。それであとに引けなくなった感じはありますね(笑)。

――そして、念願かなって東大に入られた。
砂川 はい。理科Ⅰ類に入りました。

――今はもう学部は決まっているのですね。
砂川 はい。工学部のマテリアル工学科というところなんですけど。

――その学科に決めた理由というのは?
砂川 ……実をいうと、希望のところに行けたというわけではないんですよね。

――あっ、そうなんですか?
砂川 東大の学部って、希望を出した後で2年までの成績順に決まっていくんですよ。で、あんまり成績が良くなかった、ってことがあって(苦笑)。あと、特にこれといってやりたいものが決まっていなくて、「まぁ工学部のどこかに行けたらいいかなあ」みたいな感じで工学部志望にしたというか。

――ちなみに、工学部を選んだ理由というのは?
砂川 「モノ作り」と言いますか……。まぁ「モノ」でなくてもいいけど、「何かを作って人を楽しませるような仕事に携われたらいいな」と思ってたので。それで「だったら工学部かなぁ」って。まぁ、けっこう安直な考えではあるんですけど。

――そういう「自分は工学部だな」みたいなイメージ的なものは、大学に入る前からあった感じですか?
砂川 まぁ、なんとなくは。というのは、まずは「自分は理系だろうな」っていうのがひとつ。あと、「自分は物理とか数学とかをずっと研究していく、っていう感じではないな」というのもあって。……そういうのって、いわゆる才能の世界じゃないですか? やっぱり「そういうのはちょっとな」というのはありました。ああいうのはホントに好きじゃないと続けられないと思うんで。

――なるほど。
砂川 まぁ、比較的好きな方ではあるんですけどね。でも、例えば「一日中数学のことを考えるほど好きじゃないな」というのはあったので、自動的に「じゃあ工学部かな」っていう風になりました。

――先ほど「塾の先生のおかげで数学が得意になった」なんて話をされていましたが、数学以外に得意だった科目はありますか?
砂川 まぁ、理科は浪人時代にちゃんと勉強したら得意になった、って感じで。逆に英語とかの文系科目はずっと苦手でしたね。そもそも、勉強をあんまりやってなかったから(苦笑)。

――「あまりやってなかった」って(笑)。
砂川 というか、「勉強の方法を知らなかった」というのもあるんですよ。やっぱり沖縄って、ちゃんと教えられる先生がすごい少ないのと、東大を目指すライバルがいないというのがあって。現役時代のこととかを振り返ってみると、なんかすごい勉強に時間を費やしていたんだけど「それ、勉強してると言わねぇだろう」みたいなことばっかりやってたな、というのは感じていて。当時は全然、情報がなかったというか……。今は「ネットで何でも調べられる」って言いますけど、検索して情報を拾ってくるのも一つの能力じゃないですか?

――そうですね。
砂川 しかもネットの情報って玉石混交で、どれが正しくてどれがよろしくないのかとかわかんないですし……。東大を目指している先輩もいないし、教えてくれる人もいないので、最初の頃はすごい手探り感がありましたね。

――なるほど。でも、たしかに伊沢君とか水上君とかの話を聞いていると、開成だから東大を目指している人が周りにいっぱいいて、近くにはいい予備校もあって……。
砂川 うらやましいですよねえ。

――受験というのはホントに首都圏と地方との格差がありますね……。
砂川 ですよねえ! 鉄緑会(中高一貫校の生徒を対象とした東大受験指導専門塾)沖縄校とかあればよかったんですけど(笑)。

『SASUKE』に出るために
ミスター東大にエントリー

――砂川さんといえば、「ミスター東大」が代名詞ですけど。
砂川 そんな時もありましたね(笑)。

――これって、何年生の時の話ですか?
砂川 2年の時ですね。

――どういうきっかけで応募したのですか?
砂川 応募したというか、推薦してもらったんです。そもそもの話からすると、僕、ずっと昔から『SASUKE』が好きで。それはもう5歳とか6歳とか、そういう時期からだと思うんですけど……。

――え、『SASUKE』がミスター東大につながるのですか?
砂川 はい。まぁ、最初は好きで観てるだけで、「自分も出たい!」とか考えてなかったんですけど……。浪人したら時間もたくさんあるわけじゃないですか。そんな時に、ふと「『SASUKE』に出られないかなあ」と思って。

――浪人時代から狙っていたと。
砂川 そうなんです。ただ、「『SASUKE』ってすごい人気番組だから、沖縄でただニートみたいなことをしている自分が応募しても出られないな」みたいなことを考えまして。それで「どうしようかな?」と思った時に、せっかく東大を狙っているっていう現状があるので「東大生になったら、ある程度のキャラ付けになるから出られるかな」と思ったんですけど……。でも東大生って、1年に3000人生まれるわけじゃないですか? 「それだけだと弱いな」と思いまして。

――なるほど。
砂川 なので、『SASUKE』から逆算して「もしミスター東大とかに出てたら、年に5人しかいないし、肩書としても面白いので、『SASUKE』に出やすいんじゃないか?」と思ったんです。それがきっかけですね。

――それはすごいですね。アピールポイントを自身でプロデュースしようとして。
砂川 まぁでも、僕にはそれしか手がなかったですからね。「東大生だけど、めちゃめちゃマッチョ」ってわけでもないですし……。だから、「なんとかして出るならそれかな」っていうのを考えた結果がミスター東大だったと。

――2年生の時にそれを思いついたって感じですか?
砂川 いや、1年の頃にすでに狙ってた、というのはあります(笑)。でも、1年生だと友だちとか少ないじゃないですか。やっぱり推薦してくれる人とか、ある程度の人脈も欲しいですし……。なので「出るなら2年かな」というのがあって。

――へぇ~! じゃあ、「ミスター東大を取って『SASUKE』に出る」みたいな戦略は、かなり早い段階からあったのですね。
砂川 まぁ、少しはありましたね(笑)。でも、「ミスター東大」はファイナリストに入れさえすれば名乗れるので。

――ちあみに、ファイナリストは何人選ばれるのですか?
砂川 5人ですね。で、そこから1人選ぶんですけど、まぁ5人までに入れれば、肩書として「ミスター東大」を使えると。ミスター東大に関しては、完全に『SASUKE』のためです(キッパリ)。

――なるほど。
砂川 そもそも、あれの1人に選ばれたからって、特に何かあるわけじゃないんで。

――いやぁ、でもすごいですよ!ちなみに、事務所(プラチナムプロダクション)に入られたのはミスター東大がきっかけなのですか?
砂川 はい。1年前にミス東大の方に出てた南雲穂波さんという方がいらっしゃるんですけど。『ミラクル9』とかに出たこともある方なんですけど。その南雲さんが所属していた事務所の方に、ミスター東大の本番の時にお声がけをいただきまして、それがきっかけで所属させていただいた感じですね。

――ちなみに、オファーを受けた時はどう思いましたか?
砂川 入っておけば『SASUKE』に出やすいかな、と。

――あくまで『SASUKE』第一主義(笑)。
砂川 ホントに事務所に関しては、『SASUKE』に出られればいいんで(キッパリ)。正直、芸能界でやりたいとかも他にないですし。強いて言うなら「学生の間の小遣い稼ぎ程度でなんかできればいいな」っていう程度なので(笑)。

――あははは(笑)。砂川さん、面白いですねぇ! 伊沢君とか水上君は『東大王』に出たのをきっかけに、スケジュール管理などの必要に迫られて事務所に入った感じがするんですけど、砂川さんは全く別の……。
砂川 全然違います(笑)。そもそも、その頃は『東大王』出てないですから。……あ、でも『東大王』のあの入替戦よりは後なのか。

――あっ、そうなのですか? じゃあ、ちょっと時系列を整理して伺ったほうがいいですね。
砂川 入替戦が(17年)9月ぐらいで、ミスター東大があって事務所にお声がけいただいたのが11月の終わりだったんですけど。

――なるほど。ちなみに、砂川さんが『東大王』に出ようと思ったきっかけは?
砂川 たまたま第1回(16年10月放送)を観てまして。そうしたら、針間貴己っていう大学の同期がいたり、あと水上さんとか割と有名な東大生とかが出てて。でも、その時は「あっ、クイズ番組やってるな」というか、「東大を代表する天才たちが戦っているな」みたいなイメージで……。

――この時点では「自分も出よう」とは思っていなかったんですね。
砂川 はい。僕は『ミリオネア』とか『Qさま!!』は好きでしたけど、それじゃ全然相手にならないと感じたというか……。『頭脳王』は沖縄では映らなかったんであまり知らなかったこともあって、『東大王』は「新しい感じの番組が始まったんだなぁ」と思って観てるだけで、自分が出るとは全く考えておらず……。

――最初の時はそんな感じだったのですね。
砂川 はい。で、次は17年3月でしたっけ? 伊沢さんが優勝した……。

――レギュラー放送の初回なので4月ですね。
砂川 それは当時、前半だけしか観なかったんですよ。まぁ、録画してあったので、今でもたまに見返すんですけど(笑)。で、その年の秋の入替戦に出たんです。出た理由というのは、ミスター東大に出た人が全員、予選を受けたからなんですよ。

――えっ、そうなのですか?
砂川 はい。ミスターの運営の人から「『東大王』の募集かかっているよ」みたいに聞いたんで、「受けるだけ受けてみるか」みたいな感じで行ったのがきっかけでした。だから、最初は「受かるかも」とは一切思っておらず。

――でも、見事に選ばれましたよね。
砂川 なんか予選で割と手応えがあったんですよね。まあ全体的な手応えはそんなになかったんですけど、知識じゃない問題というか……。例えば「数字の法則性」みたいな問題とか。それ、正解は「図形の対角線の交点の数」だったんですけど、そういう閃き系の問題だったり、思考力を問う問題をけっこう答えられて。で、予選のあとで一緒に出た徳永海と答え合わせしてみたら「けっこう合ってんじゃん!」みたいな感じで。それがすごい印象的で。なんか「できないなりに頑張ったかな」みたいな感じでしたね、あの予選は。

©TBS

ゾーンに入ったのは
東大受験と『東大王』の入替戦の2回だけ

――入替戦では、レギュラー東大王には一歩及ばない5位という結果でしたね。入替戦を振り返ってみて、いかがでしたか?
砂川 最初はホントに思い出作りみたいな感じというか、記念受験みたいな感じで行ったんですけど(笑)。で、まぁ最初に打合せとかやるじゃないですか? その時、ディレクターさんが、僕とかミス東大の大野南香に「君らが4位争いをするとは思ってないから」みたいなことを言うんですよ。「まあ精々、頑張りな」みたいな感じで……(苦笑)。

――ヒドいなぁ(笑)。
砂川 で、そういうのを聞くと、ちょっと「クソー!」と思うじゃないですか。とはいえ、あんな名だたるメンバーが揃っているので、4位争いをするなんてことは全く考えてなくて。……だって、皆さんは中高からクイズ研究会に入って、ずっと研鑽してきたわけじゃないですか。一方、僕は趣味でたまにクイズ番組を観るぐらいで、「早押しクイズの戦い方」みたいなことは全然知らなかったので。

――しかも、対戦相手は『高校生クイズ』とか『頭脳王』の優勝者ですものね。
砂川 はい。……ただ『東大王』って、他のクイズ番組とはちょっと違うじゃないですか? それが上手くハマったと言いますか……。特に2回戦の早書きの時はすごい高ぶって、ゾーンに入ってましたから。もう普段とは全然違ったんですよ! 僕、あの感覚を味わったのは東大受験と『東大王』のその時だけなんですけど。

――それ、いい話ですね!
砂川 あの時って、ほんとにすべてが研ぎ澄まされてたんですよね。最初、たしかノーベル賞受賞者のクロスワードで、交差しているところのひらがなを答えるみたいな問題だったと思うんですよ。で、横が「おおえけんざぶろう(大江健三郎)」、縦が「さとうえいさく(佐藤栄作)」で、「い」と「さん」だけ開いていたと思うんですけど、見た瞬間に「あっ、これ大江健三郎だ!」みたいな。

――おぉ、すごい!
砂川 で、交わっているところに入る「え」を早書きするんですけど……。僕、早書きとかするの初めてじゃないですか? だから、早書きの戦い方みたいなのを全然わかってなくて。リプレイ見たら、すごいゆっくり書いてました(苦笑)。

――「急いで書いた方が有利」ということを理解していなかったと。
砂川 はい。あとで見返したら僕、2番目に書き出してるんですよ。最初に書き始めたのが水上さんだったかな? で、僕は書き始めたのは2番目なんだけど書くのが遅すぎて途中で鶴崎(修功)さんに抜かれ……。で、書き終わった時は伊沢さんとほぼ同着だったんですよ。で、スローでリプレイして判定することになりまして、結果3位に入ったということで「あっ、点取れた!」みたいな。

――錚々たるメンバーを相手に、1問目でポイントが獲れたと。
砂川 その時はもちろん「書き出しは2位だったのに」とかわかってないんですけど、なんか「点獲れてるじゃん!」みたいな感じで。それで勢いづいたんでしょうね。なんか研ぎ澄まされていき……。で、次に点を取ったのは音楽の問題。「クラシック音楽を8倍速で聴いて曲名を当てろ」みたいな。昔、ピアノやっていたからかわかんないですけど、普通に8倍速でわかったので書けて。ただ、ルールがよくわかってなかったので、『別れの曲』って漢字で書いているんですよ。伊沢さんはひらがなで『わかれのきょく』ってバーンと書いているのに(苦笑)。

――クイズ慣れしていると、ひらがなで書きますね(笑)。
砂川 まぁ、この問題は伊沢さんのほうが書き出しも早かったので、負けは負けなんですけど。……あとは何を取ったかなあ? だから僕、この時は本当に「その場の反射神経」みたいなので点を獲ってたんですよ。いわゆる昔からやってきたようなクイズプレイヤーが獲るような知識問題ではなく、その場の感じで獲れる問題を拾っていき、みたいな感じでしたね。

――なるほど。
砂川 実は僕、収録前に大野南香と徳永と3人で対策してたんですよ。徳永はずっとクイズをやっていて、クイズ番組で出る問題にも詳しかったから、いろいろと教えてもらいながら……。そこで一緒に練習したのが活きて、ファーストステージを突破できたと思うんですけどね。そういえば、『みんはや』(『みんなで早押しクイズ』)っていうアプリがあるじゃないですか? あれを徳永とやったら、100回やって99回は僕が負けるんですよ。

――へえ~!
砂川 彼、今ものすごく強いんで。ただ、そういう徳永と一緒に勉強して、同じ条件で挑んだセカンドステージで勝つことができた。それって、ほんとに100回のうちの1回を引いたようなものなので、「あの時はなんか持ってた」と言いますか……。

――本番に強い!
砂川 あの時はそうでした。たぶんあの収録を10回やったら、あとの9回はダメだと思いますもん。あの時はホントに「あら、行っちゃった」みたいな感じでした(笑)。ただ、あの時はギリギリ最後に(鈴木)光ちゃんがバーッと行って……。

――そうでしたね。結果、鈴木さんが4位になり、砂川さんは5位で準決勝進出を逃しました。
砂川 最後、鶴崎さんと光ちゃんと僕が10点差ずつなんですよね。で、思い返してみると、1問目の「え」を書き終わるのが早かったら、僕が勝っていたわけじゃないですか?

――確かに!
砂川 結局、差がついたのはそういうところですよね。

――もう少しクイズ慣れしていたら、運命が変わっていたかもしれない。
砂川 ねぇ。運命を分けましたよね。

――ゾーンに入っていただけに、もったいないですね……。
砂川 あはは(笑)。でも、あの感覚はホント、あの時と入試の時だけですよ。なんか全てがスローに感じるんですよね。

――ちなみに、終わったあとでスタッフの反応はどうでした?
砂川 ……あんまり覚えてないですね。まぁ、「え、コイツが?」と思ったんじゃないですか(苦笑)。

――あはは(笑)。そしてこの入替戦の結果、砂川さんは『東大王』のサブメンバーという形で番組に加わることになります。「決まったよ」みたいな連絡があった時のことは覚えてますか?
砂川 覚えてますね。まぁ、そもそも入れ替え戦の時点で、「セカンドステージに進んだ人はみんなサブメンバーと考えるよ」みたいなことは言われてたんですよ。でも、実際にいざ「今度、水上が休むから出てくれ」みたいに言われると、「えっ、マジで? あんなすごい水上さんの代わりを俺が!?」みたいな(苦笑)。だから、最初は「いや、無理でしょ!」みたいな感じで、めちゃめちゃプレッシャーでしたね。

――そうですよねぇ……。
砂川 そもそも、ずっと伊沢さん・鶴崎さん・水上さんの3人でやってきて、そこに光ちゃんが入って「4人でやっていくぞ!」ってなった中に、急に入るわけじゃないですか? 「自分だけが普段からやってない」っていうのもありますし、「そういう感覚がまだわからない」っていうのもあって……。だから、初回はめちゃめちゃ緊張しましたね。

――それに、すでに人間関係ができ上がっているところに入っていくのって、難しい面もあったんじゃないですか?
砂川 うーん、覚えてないなぁ……。まぁ、鶴崎さんとはサブメンバーとしての最初の収録のあとで帰りのタクシーが一緒だったんで、そこで割と話して「ある程度は打ち解けたかな」ってなったんですけど。でも、入替戦の時には他の方とそんなにしゃべらなかったんで、最初の時はみんな初対面みたいなものでしたからねぇ。

――じゃあ、「人間関係はさておき、とにかく仕事やらなきゃ」みたいなスタンスで。
砂川 はい。とにかく水上さんの代わりを……。もちろん同じレベルのことはできないですけど、「自分ができるすべてを出して、なんとか代わりを務めなきゃ」みたいなのはあったんで。その一心でしたね。だから、他の3人と交流してる場合じゃないというか(苦笑)。

――そうですよねぇ。今聞いていると、胃が痛くなるような話ですね。
砂川 はい(苦笑)。もう、そっちの心配ばっかりでしたね。

【プロフィール】
砂川信哉(すながわしんや) 1995年、沖縄県生まれ。昭和薬科大学附属高等学校卒業。2016年に東京大学理科一類に合格し、入学。現在は同大学工学部に在籍中。趣味は筋トレ、映画鑑賞、ゲーム。

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