2019年2月7日(木)、東京・紀伊國屋ホール (紀伊國屋書店新宿本店4F)で「新宿セミナー@Kinokuniya 伊沢拓司トーク&握手会」と題したイベントが開催された。
このトーク&握手会は、東大生クイズ王として知られる伊沢拓司の著書『勉強大全 ひとりひとりにフィットする1からの勉強法』の刊行を記念して催されたものである。公演は16:00~と19:00~の計2回開催され、平日にもかかわらず約400ある座席いっぱいに観客が集まる盛況ぶりだ。観客の約8割は女性で、年齢層は10~20代が中心のようだった。そのほか、小学生が親子で参加する様子もみられた。また、会場ロビーにはライブビューイングが設置され、少しでも多くの観客が公演を聴けるよう手配されていた。
伊沢といえば東大生クイズ王としてTBSのクイズ番組『東大王』をはじめ、数々のTV番組で活躍するクイズプレイヤー。また、ウェブメディア『QuizKnock』の編集長として、ウェブ記事やYouTubeチャンネルで知的コンテンツを発信しており、その人気は絶大だ。YouTubeチャンネル『QuizKnock』のチャンネル登録者数は55万人(2019年2月時点)を超えており、サブチャンネルも登録者数は10万人を突破した。今回の公演でも、「ふくらP」や「こうちゃん」といったQuizKnockメンバーが話題になるたび、会場中に笑い声が沸き上がっていた。
QuizKnockのYouTubeチャンネルでは、日常の疑問やちょっとした雑学などをクイズや謎解きを通じて発信する一方で、大学入試を中心に勉強法や受験の心構えなども発信している。QuizKnockという人気メディアを独自に築き上げ、その中で多くの勉強法を発信してきた伊沢が、今回、なぜ書籍というメディアを選んで勉強本を書き下ろしたのだろうか? 今回のイベントでは、『勉強大全』に込めた想いや、『勉強大全』を受験や資格試験に効果的に活用するためにはどのような点に気をつければよいかについて語られた。
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『勉強大全』はどのような本か
これまでクイズ本を多数執筆してきた伊沢だが、意外にも「勉強」に焦点を当てた本を書いたのは本書が初であり、苦労があったという。
伊沢 勉強本の出版は約1年前から構想していたけれど、実際に本の構成が決まり始めたのは2018年8月頃。その後もなかなか書けずにいたんですけど、いよいよ担当者に催促されて10月くらいから書き始めました。でも、いざスタートしてみたら筆が進んで、毎日ネットカフェに通い8日で書き上げられました。直しを含めても1ヶ月くらい。短期間で一気に書き上げることで、一冊を通じて論理が一貫した本にできました。
たった8日で書き上げたとなれば、内容が薄いのではないかと懸念されるところだが、その心配は無用だ。本書は、全368ページが伊沢の言葉で書かれている。勉強本によくある聞き書きによる代筆は一切無い。伊沢は本書の分量について「最初書き上げたときは450ページくらいあった」と語っており、今のページ数までスリム化するには内容を仔細に吟味したことだろう。それでも本書は約3cmの厚みがあり、これは本が自立する厚さだ。ステージ上で伊沢が本を立たせて見せると、観客からは拍手が送られた。
トークショーでは、『勉強大全』を次の4つのテーマに整理して紹介した。詳細な内容はぜひ本書を手に取って確認してほしい。
1. 原理と方法の分化
– 原理とは万人に共通するものを意味する。一方で、方法は人によるものである
2. 得点に特化した選択
– 原理に基づき、どのような方法を選択するか検討すべきである。『勉強大全』では、「試験本番の得点をどのようにとるか」を原理と定めた
3. 徹底した自己分析中心
– 自分のことを理解できなければ、自分に合った方法を選択することができない。言い換えれば、自己分析ができると、人が薦める勉強法に流されることなく自己流の勉強法を確立することができる
4. 動作のマニュアル化
– 1~3は「見分ける力」が必要であり時間が掛かる作業である。しかし、ここが定まれば、受験生活のルール作りと習慣化によってスピードを生み出すことができる
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伊沢が考える『勉強大全』の読み方
ところで、今回のタイトルはトークショーの副題は「エゴイスティックな読み方の勧め」と書かれている。伊沢は、『勉強大全』の理想的な利用方法を「エゴイスティックに読むこと」だという。さて、エゴイスティックな読み方とはどういうことだろうか。
伊沢は、『勉強大全』を読むうえで重要となる能力として「見分ける力」を挙げた。また、見分ける力は本書に限らず読書や勉強にも役立つ力だという。「見分ける力」とはどのような力なのだろうか?
伊沢 「見分ける力」というのは、『勉強大全』に書いた4つのテーマに共通する概念なんですが、一方で、『勉強大全』に対しても見分ける力を使ってじっくりと読んで欲しいと思っています。「見分ける力」は、「見る」と「分ける」に分けて考えることができます。「見る」というのは観察したり、立ち止まったりすること。「分ける」というのは判断したり決定したりすること。
伊沢の「見分ける力」とは「じっくりと観察し判断・決定すること」であり、「自分にとって良いものと悪いものに分けることができる力」である。『勉強大全』では、勉強法を原理に沿って良い方法、悪い方法に見分けるための実践方法が書かれている。しかし、「見分ける力」は勉強法の選択のみに用いるものではない。『勉強大全』に書かれた内容に対して読者が「ここは参考にしたい」「これは自分には合わない」と自分の判断で見分けて読んで欲しい、というわけだ。
では、「見分ける力」を使って『勉強大全』を読むにはどうすればよいだろうか。伊沢は「見分けるとは、読む努力と伝える努力の両方の視点が合わさった時に成立する」と述べ、「読む努力」と「伝える努力」という2つの視点を新たに用意した。次は「読む努力」と伝える努力をみていこう。
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読む努力とは?
それでは、「読む努力」とはどのような努力を指すのだろうか。伊沢は「読む努力」を「真意を考える、理解しようとするための努力である」とする。また、「深読みしない、妄想しないための努力でもある」という。伊沢は、「読む努力」を体験加工と呼ばれる社会システム理論のタームを用いて解説した。
伊沢 体験というのは、自分が見たり聞いたりしたもののことです。一方、体験加工は体験に意味づけをおこなうことです。そして、人が理解できないものに直面したとき、その体験をどう処理するかが重要です。理解できないものに対して、人は楽をしたくなるんですね。理解するのは大変だから。水上やふくらPがパズルに強いのは、パズルを研究して努力したからなんです。でも、努力次第で水上のようになれるといわれてもキツいですよね。この時、「水上は天才だから、自分とは違うから」と体験加工によって意味づけしてしまった方が楽なんです。でもこれは楽なんだけど、「読む努力」をしてないってことなんですね。しっかりと自分の目で見定めて理解できるまでじっくりと考えてみる。すぐに意味づけをしようとすることをやめてみることが、「読む努力」なのかなと思っています。
確かに「水上は天才だから」「画面の向こう側の人だから」と意味づけしてしまう方が楽かもしれない。しかし、このような体験加工を常用すれば、「数学ができる人は○○だから」「英語ができる人は○○だから」というように、より身近な努力の先にある像との間にさえ溝を作ってしまうことになりかねない。伊沢は「わからないものに出会った時、人はどうしても理解を焦ってしまいがち。この時、安易な判断に急いでしまうと体験加工に納得を委ねることになってしまう。しかし、それでは真意を掴むことはできない」という。
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伝える努力とは?
そうはいっても、真意を考えるに足る情報がなかったり、複数の解釈の余地がある主張が展開されたりすると、読者は深読みや妄想へ誘導されてしまう。そこで、誤読を防ぐためのもう1つの視点が「伝える努力」である。「伝える努力」とは、本書の書き手である伊沢が読者に対して、どのようにこの本を読んでもらうべく執筆したか、というものである。
伊沢 これだけのページ数なのでいろんなことを言っているわけですが、妄想されたら困るんです。なので、何かを提案するときは必ず理由を一緒に添えて、こっちで先に意味づけを用意しました。その親玉となるものが、『試験本番の得点が第一』です。得点の取れる方法が良い方法ですよ、ということです。
つまり、『勉強大全』の中で伊沢が行った「伝える努力」とは、提案とその意味をセットで提供することだ。『勉強大全』は、「試験本番で得点を取れること」に意味を限定して勉強法の原理や手法を提案している。そして、「伝える努力」は読者にも求められる。すなわち、伊沢の「伝える努力」を理解して読むことである。伊沢の用意した意味を読者が理解できなければ、体験加工された意味づけの文脈で伊沢の提案が理解されてしまうだろう。そこで、情報をどのようなメディアを通して伝えるかという点も重要になる。勉強法は、これまでQuizKnockのチャンネルでも配信してきたが、書籍というメディアでも発信する理由がここにある。
伊沢 体験加工されないように、長々と意味づけを行うことができるのが本の良い所でもあります。これをYouTubeで1時間かけてしゃべっても誰も見ませんからね。伝え方というのは、メディアに依存します。本だから『勉強大全』という伝え方ができたけど、YouTubeで勉強大全をやっても受けなかったと思います。
伊沢 QuizKnockの伝え方は『勉強大全』とは違います。YouTubeって娯楽や息抜きで見てますよね。勉強って付くだけでちょっと嫌になるんです。だから、QuizKnockは「楽しさ」を優先した動画作りを心がけています。で、見終わったあとにちょっと意味が残るぐらいの塩梅になるようにしています。「あー、そういえば白瀬矗っていう人いたなー」ってね。SNSは誤解されやすいメディアですから、発信したことがどう伝わるかということに敏感にならないといけません。QuizKnockでは「言ったことだけが全てだよ」という伝え方をしています。
このように、「伝える努力」はどのようにして相手に情報を伝えるかという発信者の努力であるが、同時に発信者の努力を理解しようとする受信者の努力も内包されている。お互いの努力を理解しようとすることで、より俯瞰的な視点から文章を捉えることができ、それが「見分ける力」となる。
伊沢 「読む努力」を積み重ねることと、どのようにして相手が伝えてこようとしているのかに気づくことができるようになれば、良いものと悪いものを判別することができるようになります。見分けることは一律的な判断をしないことなので時間は掛かってしまいますが、そのぶん良いものだけを掴めるようになります。結果として、こっちの方が効率的なのではないかと僕は思っています。
以上が、「見分ける力」についての解説である。「見分ける力」を用いて『勉強大全』を読み進めることで、自分にとって必要な情報を選択できるようになるだろう。
一歩踏み込むための想像力
ここまで、「見分ける力」について解説してきた伊沢だが、受験勉強では更に一歩踏み込まなければならないと言う。それが想像力である。ここで伊沢は、想像力を「いかなる場合も想定できるようにすること」と定義した。
伊沢 この本で最終的に目指しているのは、この本の中で具体的な勉強法を示してあれこれ指示することではなく、自分にあった勉強法を自分で作れるようになることです。これは見分ける力の一歩先が必要で、それが想像力です。「AならばB」という1つのパターンに決めつけず、「AならばC」となる可能性はあるのか、というようにあらゆるパターンを想定することです。数学でいえば余事象を追うということですね。
伊沢の言う想像力を、例を挙げて考えてみよう。ある読者は、生涯学習に関心があり継続的な学びの手法を模索していたとする。その読者が、『勉強大全』を読み「テストの点数にこだわる勉強法なんて継続的な学びにならない」といった批判をするのは筋違いである。何故ならば、『勉強大全』は「試験本番の得点が第一」という意味づけに基づいて書かれているからだ。しかし、読者が生涯学習の手法を模索していることを自覚していること、言い換えれば伊沢の想定の余事象に自分がいることを理解した上で、本書の手法が自分にとって有用か否かを判断することは、想像力を用いた有用な読み方といえよう。想像力を用いて『勉強大全』を読むとは、一例として、次のような判断を下しながら読むということだろう。
+ 伊沢はこういっているけど、はたしてそれは自分に当てはまっているのだろうか?
+ 伊沢の原理に沿って進んだ先にある結果は、自分が望む結果と一致するのだろうか?
伊沢 自分で価値判断ができ、自分たちで自分に合っている勉強法を確立できるような作り方が実現できればと思ってこの本を作っています。自分は例外かもしれないという想像を常に意識しつつこの本を読むことで、自分に合った方法を選択できるようになります。
『勉強大全』は、伊沢の定めた原理に基づき、それに沿うように手法が展開されている。しかし、その原理が読者1人1人に当てはまっているかどうかはわからない。自分にあった勉強法は、自分の想像力から形作らなければならず、想像から生まれた多数の可能性のうちこれだと思うものを決断しなければ確立できない。
エゴイスティックな読み方とは?
さて、「見分ける力」と「想像力」が定まったことで、公演の副題であった「エゴイスティックな読み方」が浮き彫りになってきたのではないだろうか。
伊沢 僕と皆さんの間にはエゴの壁を作って欲しいと思っています。皆さんには自分中心に考えて欲しい。つまり、自分の価値判断で自分に合うものかどうかを見定めて欲しい。僕の書いたことに流されず、懐疑主義的に読んで欲しい。
エゴイスティックとは、自分本位という意味である。受験や勉強は、自分のために行い、自分の選択と責任の上に成り立つ行為である。自分の選択の結果に対し「伊沢の本に書いてあったから」という責任転嫁は認められない。
責任の所在が自分にあることを自覚するには、読者と伊沢の間にエゴの壁を作ることが必要だ。読者が自分本位に『勉強大全』の内容を確認し、「伊沢の原理は正しいのか?「伊沢の手法は自分に合っているのか?「自分は伊沢の想定の例外に位置するのではないか?」と疑い続け、内容を「見分け」ながら読むことが求められている。
最後に、伊沢は「皆さんの目で確かめて、皆さんの手で自分の勉強法をこの本を頼りに作っていただければ最高だなと思います。この本に書いてあることがすべて素晴らしいというよりは、ここが素晴らしい、ここが悪いという判断をしてほしい」と語り、トークイベントを締めくくった。「勉強本の執筆は大変だった、次はクイズ本の世界に戻りたい」と本音を覗かせた伊沢だが、教育ジャンルでの活躍にも、ますますの期待がかかるのではないだろうか。